第701話 反吐
「扉、どうせなら粉々にしてしまいましょうか」
「え……」
「涼花さん」
「――霊気解放――――霊刀・奥義、月蝕――」
「ワァーオ!こいつぁおっかねぇ……」
パーティー主催の大きな一枚扉を、木っ端微塵にして跡形も残らないようにした。
「どうせ弁償するのは私と王家ですし、これでセイクラッドの建設職人さん達にお金が回りますからね」
聖女が増えて聖国への移民も増え、クラーケンの海岸付近への接近で船の建設依頼も減っていたらしいし、ここでド派手に王城を壊し尽くすことで、民へのいい薬になることだろう。
「普通、そこまで考えるか?」
「マルクスさんも長い目で見ることは学んだほうが良いですよ。将来真桜ちゃんに進言する立場になるんですから」
「姫様は俺より賢いからなぁ。俺がちょっと頭脳派になったくらいじゃぁすぐ言いくるめられちまうさ」
「今から諦めてどうするんですか……誰も止められなくなっても知りませんよ?」
「ま、要するに扉開けるのにぶっ壊してもいいんだろ?そいつは話が早い」
というか生後一歳児に頭脳で負けてて少しは悔しくないの……?
「な、なんなんですかっ!?」
茶番の合図は、とびっきりの演技の、低い声で。
「ごきげんよう、王侯貴族の皆々様」
「どうして、大聖女様が……」
「どうして……?それはこちらの台詞だわ」
カツカツとヒールを鳴らせて、白く汚れの一つもない見事なレースのドレスを見せびらかすように前へ進む。
今までの僕は、かつてのリタ・フィストリアの大演劇の真似をしていたに過ぎない。
でもリタさんは僕にとってあくまでも名脇役に過ぎなかった。
僕はこれより最高に苛烈で、最低に残虐な人を知っている。
だから、ここからはもっと周りを引き付けて、目を離させない。
僕の得意なことは、声であらゆる女性に成り済まし、他人の演技で人を騙すこと。
母と姉が大量の高級ジュエリーを買うための資金を作るために、毎日それで偽物の愛想を振り撒いてお金を稼いできた極悪人だ。
アニメキャラや有名人など、女性のものはなんでも真似してお金に代えてきたが、唯一越えていなかった一線があった。
それは、極悪非道で他人に悪さをするために己の全ての知恵を働かせる実の姉、星空の真似をしなかったことだった。
その血を半分受け継いでいる僕は、彼女の真似どころか、彼女に『なる』ことさえ出来ると確信していたからだ。
いわば、僕における禁忌。
「まずはアリシア王女、15歳、成人のお誕生日おめでとうございます♪」
「あ、ありがとうございます……」
「これであなたは一人前の人。つまり自由でありながらも責任ある大人になったということですね♪」
我ながらキモい愛想の振り方だとは自覚しているよ。
「でもそんな大切な門出の催しですのに、どうして私のもとに招待状が来なかったのでしょうか……?」
「そ、それは……」
「私が二日前にこの国に入国していたことくらい、少し調べればわかることでしょう?少なくとも、他の王国では全員向こうから使者の方がいらっしゃっていましたのに」
聖女の来訪に、使いのものを出さず、二日間も無視した。
その行動が何を招くのか、この王女は成人したにも関わらず、何も分からないのか。
「聖女に無礼を働く国がどうなるか知っていますかぁ?五国会議で聖女院から毎年割り当てられている給付金。これは民や貴族が新しい事業や既存事業を盛り立てるために聖女院から渡されるお金です。この希望のお金が、一銭も降りなくなるんですよ♪希望を失った矛先は、無礼を働いた王族に向かいます。王国のためにと自分のやっていた事業が頓挫したのは王国のせいなのですから、王国は信用をなくして他の国に移住する者も増えるでしょう。そしてその次は他国。あなたの国は聖女をぞんざいに扱った。そういう噂が五国会議で広まると、もうあなたの国と誰も交易なんてなさいませんよ?」
僕が前に進むと、僕より後ろにいた貴族や使用人達が一斉に倒れていく。
これは忍ちゃんの隣にいる獏の魔法で次々と眠らせているからだ。
「あらあら?皆さんお疲れのようですね♪序列一位の聖女である私がこうして来たというのに、それを放っておいて、もしかしてこのパーティーの準備に明け暮れていたのでしょうか?だとしたら可哀想ではありませんこと?貴族の皆様は『王国のため』にと言われて働いたきたのに、蓋を開けてみれば『王国を破滅させるため』に動いていただなんて、起きた後に知ったら、皆さん怖くなって貴族を辞めてしまうかもしれませんね♪」
「ああ、可哀想」と涙を流す僕。
全て茶番の演技に過ぎないこの立ち回りに、今頃隣にいる婚約者二人には嫌われている頃だろうか?
だが僕には、そうまでしてこの茶番を続けなければいけない理由があった。
僕が周りの貴族を押し退けて前に出たとき、そこに映っていたのは、僕の予想通りの光景だった。
家族である王女の生誕祭に参列していないハイデン国王とアール王太子。
そして王宮騎士二人の前に跪かされ、手を縛られ今にも首を跳ねられようとしていたエドナ第一妃。
王太子派の敗北、事実的な公開処刑だった。
「私は一昨日からこちらに来ており、その時には王家への面会の書状を出しておりますし、何なら私を含む親衛隊のバッジや聖印を付けた人たちがこぞって洋服や雑貨店でお買い物までして分かりやすく足跡まで残しました」
買い物を先にしたのは書状の回答が来るのを待つためだったけれど、普通は書状などなくとも僕達聖女が来ていれば王家に通達が行かなければおかしいのだ。
だっていくら聖女が観光目的で国に来たとしても、聖女の視察という名目は国の繁栄において最高の撒き餌だからだ。
貴族御用達の店を案内して人脈を作るも、陽の目を浴びていない産業を見せて発展に繋げるも、押し売りのようにやりすぎなければ何も問題ない。
それを野ざらしにされていただけで、国はチャンスを逃すのだ。
「それなのに、書状はなんとバラバラに破かれて王都のゴミ箱に捨てられておりました。捨てられた場所がどこにあるか分かるとはいえ、聖女にゴミ箱を漁らせる国があったなんて、思いもしませんでしたよ」
「っ……」
壇上にいるのは王妃と王女のみ。
その『国』に対して、今は留守にしている神の代表として、僕は明確な敵対意思を示す。
「聖女様は皆に優しい」などという間違った思想は、僕で握りつぶして、壊してしまえばいい。
「それどころか使者を騙った王太子の第四妃であるティファニー・マイスリー公爵令嬢は、今日ではなく二日後にこちらに来るようにと私に念を押しました。そして先ほど涼花さんが壊したこの会場の扉は、外から誰も入ってこられないように施錠がされておりました」
聖女は皆、心や体を酷く傷つけられたからこそ、他人より人一倍優しさと嘘には敏感な存在なんだ。
「聖女の行幸よりも王女の生誕パーティーの方が、この国では優先されるべきであった。そのうえこのパーティーに聖女が意図的に参加しないように排除しようとした人がいるんですよ。王家の皆様なら、もちろんそれが誰かはお分かりになりますよね?」
王家主催のパーティーで参加の是非を決められるのは、王家のみである。
その事実はまともな教育を受けた貴族なら、このいびつさに気付いてどよめきが起こる。
「そ、そんなことは……」
「――反吐が出る」
「っ……!?」
良い心地ではないが、魔力が暴走しようとはしていない、自分を操りやすい状態だ。
散乱した赤い光は、まるで重圧のようにそこにいた人々に重くのし掛かる。
きっとこれは、失望の感情なのだろう。
<主、我も共に戦うぞ!眷属憑依と唱えてくれ!>
派手に手を合わせ『眷属憑依』と唱えると、僕の光属性の魔力が反乱を起こしたように溢れ出ていく。
でもこれは、魔力暴走ではない……?
僕の体はやがて宙に浮きながら、まるで変身モノの少女アニメのように体が白く光輝く。
光がやがて次第に治まったとき、僕の手の甲にはハープちゃんの龍の鱗のようなものが付いていた。
それどころか、ハープちゃんの龍の羽や角が僕の体から生えているのがわかった。
これは、僕とハープちゃんが合体している……?
「空を飛んでいる……!?」
「大聖女様は天使様だったのか……!?」
ハープちゃんの怒りの感情が僕に伝わってくる。
これは、シルヴィアさんにエリス様が宿る時の降神憑依の感じに似ているようだ。
同時にハープちゃんの力の一端を受け継いでいるように感じる。
演技は一人では怖かったけれど、二人なら大丈夫。
ハープちゃんは共犯になることで僕を安心させてくれたのだ。
「『さて、王女アリシア。寛大な我は一回だけ弁明の機会を与えよう。貴様の言い分を話すがいい』」




