第70話 宿敵
「リリエラさん……」
「学園長とは、どんなお話を?」
「いえ、少しその……私の、つまらない愚痴を聞いていただいていただけですよ」
リリエラさんは僕の左隣で校庭を見下ろす。
「……シエラさんはもしかしたら迷惑に思っていたかもしれませんが、私はシエラさんに入試で大敗したあの日からずっと、シエラさんをライバル視していました」
「……」
それには、なんとなく気付いていた。
「貴女も養子とはいえ同じ侯爵家……別に越えられると思い上がっているわけではありませんが、それまでノエルさんやイザベラさんくらいしか共に切磋琢磨できるライバルのいなかった私にとって、貴女が目標になりました」
日が沈みかけている中、僕とリリエラさんはキャンプファイアの周りでフォークダンスをする人達を眺めていた。
「私は貴女が才能に溢れていて完璧な人間だと思っておりました。 ですが、あなたの心身はとても脆かった……私はあなたの悩みや痛みを何も知らずに、ただいいところだけを解釈していたことに気付きました」
「そうですね……もうお分かりかとは思いますが、私はリリエラさんに目標にして貰うような大層な存在ではないんです」
「そういうところですわっ!」
いつも知的で理性的なのに、曲がったところを見ると急に情熱的になる。
彼女と話していると、まるで自分の代わりに怒ってくれているような存在に感じる。
それは謂わば一本の柱で、みんなの理性的な基準値になってくれる。
だからこそ、彼女はこれほどまでに周りから信頼されているのだろう。
「いつも私の、私たちの、何十歩も、何百歩も先にいらっしゃるというのに、貴女にはまるで自信がない。 聖徒会室であなたに辛い話をさせてしまうまで、私はその理由に気付けませんでした。 これでは、友人失格です……」
「そ、そんなこと……」
真っ直ぐ僕を見つめるリリエラさん。
「シエラさん、貴女は本当に素晴らしい女性です。 あなたが自信をもって前を向けるまで、私が貴女を肯定して差し上げます」
リリエラさんは友達想いで、僕とは正反対で、清々しいほど芯の通った人だ。
「ですからこれからは親友として、共に切磋琢磨いたしましょう?」
「は、はいっ!」
僕は差し出された手を取った。
いつになるかはわからないけど僕に話せるときが来たら、全てを伝えて謝ろう。
それで友情が崩壊するかもしれないけど、それがきっとこの親友にできる、唯一の償いだろうから――
◆◆◆◆◆
「演劇、お疲れ様でした。 あなたと演劇をできたことはとても光栄なことでした。 シエラさんのまるで本物のような演技を見て、私も恥ずかしがらず本物らしさを心がけようと思うようになりました」
「こちらこそ、ありがとうございます。 リリエラさんがいなければ、私は演劇を辞退していたかもしれません」
高め合えるのはいいことだ。
「ですが私、あのキスシーン……あれだけは納得がいっていません!」
う……。
やっぱりその話か。
「私がエリス様だとしたらあのシーン、本気でキスをすると思いました。 ですから、直にしようと思ったのです。 でも貴女は、障壁を張った。 ……それまでと一貫性がないように思えたのですが、何か理由があったのでしょうか?」
真面目なリリエラさんだからこその疑問だった。
「お、乙女の大事なキスを……気軽に捧げてはいけません!」
「貴女も乙女では……?」
オトメじゃないんだ。
一文字違うんだよ……。
その一文字が、大きな差なんだ……。
「ああ……私は別に友人の貴女ならば構わないと思っていましたが、あなたはそういう考えでしたのね。 ごめんなさい、シエラさん。 あなたの大切な初めてを奪うつもりはありませんでしたのよ……?」
この人は……。
いつも僕のことばかり考えてくれる優しい人だけど、たまには自分のことも優先してほしいよ……。
「違います! 私のことなんてどうでもいいんです……でも、リリエラさんにはお兄様という心に決めた御方がいらっしゃるでしょう?」
「そ、それは……!」
ぼっと顔が真っ赤になるリリエラさん。
「でしたらっ! たとえ他の女性相手でもせずに、初めてはお兄様に捧げるべきですっ! きっとその方が、お兄様にも……その一途さが伝わると思いますよ」
何を熱弁しているんだ僕は……。
「なるほど……義妹のシエラさんがそう仰るのでしたら。有益な情報、ありがとうございます」
間違ってたらごめんなさい、リリエラさん……。
やっぱり恋愛初心者がアドバイスなんて、すべきじゃないよ……。
「そ、それに私……お兄様と間接キス……したくはありませんからっ!」
自分で言ってて、途中から「あ、言わなきゃ良かった……」と思ってしまった……。
「ふっ……ふふっ、シエラさんたら……なんてことをお考えになるのかしら!」
言うにしても気が早すぎる……。
色々とごめんなさい、ルークさん……。
「初日の……ルーク様の件は、本当にありがとうごさいました。 私その、幸せな時間を過ごすことができましたわ……」
急に芯の通らなくなったリリエラさん。
ルークさんの話になると急にしおらしくなるのもこの親友の魅力だよなぁと思う。
だからこそ、応援したくなるんだよね。
すると校庭の方からパァンと、締めの特別大きな花火が上がる。
波が立つような美しい曲線を描き、やがて長い花火の演目が終わりを告げた。
「お義母様と話していたのですが、今度……家族、そしてお兄様に正式に紹介させてくださいませんか? 今度は、『私の親友です』と……」
「あ、ありがとうございます……私もお父様を説得しておきますわ……」
まるで僕達を祝うかのような花火を背に、僕たちは二回目の握手をした。




