第70話 宿敵
「リリエラさん……」
「学園長と何を?」
「私の……つまらない愚痴を聞いて貰っていただけですよ」
リリエラさんは僕の左隣で校庭を見下ろす。
「……シエラさんはもしかしたら迷惑に思っていたかもしれませんが、私はシエラさんに入試で大敗したあの日からずっと、シエラさんをライバル視していました」
「……」
それには、なんとなく気付いていた。
「貴女も養子とはいえ同じ侯爵家……。別に越えられると思い上がっているわけではありませんが、それまでノエルさんやイザベラさんくらいしか共に切磋琢磨できるライバルのいなかった私にとって、貴女が目標になりました……」
日が沈みかけている中、僕とリリエラさんはキャンプファイアの周りでフォークダンスをする人達を眺めていた。
「私は貴女が才能に溢れていて完璧な人間だと思っておりました。ですが、あなたの心身はとても脆かった……。私は……あなたの悩みや痛みを何も知らずに、ただいいところだけを解釈していたことに気付きました」
「そうですね……。もうお分かりかとは思いますが、私はリリエラさんに目標にして貰うような大層な存在ではないんです……」
「……そういうところですよ。いつも私の何十歩も先にいらっしゃるのに、貴女にはまるで自信がない。聖徒会室であなたに辛い話をさせてしまうまで、私はその理由に気付けませんでした……。これでは友人失格です……」
真っ直ぐ僕を見つめるリリエラさん。
「貴女は本当に素晴らしい女性です。あなたが自信をもって前を向けるまで、私が貴女を肯定して差し上げます。ですからこれからは親友として、共に切磋琢磨いたしましょう?」
本当にリリエラさんは友達想いで、僕とは正反対に清々しいほどの芯の通った人だ。
僕は差し出された手を取り握手を交わした。
いつになるかはわからないけど僕に話せるときが来たら、全てを伝えて謝ろう。
それで友情が崩壊するかもしれないけど、でもそれがこの親友にできる、唯一の償いだろう。
「演劇、お疲れ様でした。あなたと演劇をできたことはとても光栄なことでした。シエラさんのまるで本物のような演技を見て、私も恥ずかしがらず本物らしさを心がけようと思うようになりました」
「こちらこそ、ありがとうございます。リリエラさんがいなければ、私は演劇を辞退していたかもしれません……。」
高め合えるのはいいことだ。
「ですが私、あのキスシーン……あれだけは納得がいっていません!」
う……。
やっぱりその話か……。
「私がエリス様だとしたらあのシーン、本気でキスをすると思いました。ですから、直にしようと思ったのです。でも貴女は障壁を張った。……それまでと一貫性がないように思えたのですが、何か理由があったのでしょうか?」
真面目なリリエラさんだからこその疑問だった。
「お、乙女の大事なキスを……気軽に捧げてはいけません!」
「貴女も乙女では……?」
オトメじゃないんだ……。
一文字違うんだよ……。
その一文字が、大きな差なんだ……。
「ああ……私は別に友人の貴女ならば構わないと思っていましたが、あなたはそういう考えでしたのね。ごめんなさい、シエラさん。あなたの大切な初めてを奪うつもりはありませんでしたのよ……?」
この人は……。
いつも僕のことばかり考えてくれる優しい人だけど、たまには自分のことも優先してほしいよ……。
「違います!私のことなんてどうでもいいんです……。でも、リリエラさんにはお兄様という心に決めた御方がいらっしゃるでしょう?」
「そ、それは……」
ぼっと顔が真っ赤になるリリエラさん。
「でしたらっ!たとえ他の女性相手でもせずに、初めてはお兄様に捧げるべきですっ!きっとその方が、お兄様にも……その一途さが伝わると思いますよ」
何を熱弁しているんだ僕は……。
「なるほど……妹のシエラさんがそう仰るのでしたら。有益な情報、ありがとうございます」
間違ってたらごめんなさい、リリエラさん……。
やっぱり恋愛初心者がアドバイスなんて、すべきじゃないよ……。
「そ、それに私……お兄様と間接キス……したくはありませんからっ!」
自分で言ってて、途中から「あ、言わなきゃ良かった……」と思ってしまった……。
「ふっ……ふふっ……シエラさんたら……なんてことをお考えになるのかしら……」
言うにしても気が早すぎる……。
色々とごめんなさい、ルークさん……。
「初日の……ルーク様の件は、本当にありがとうごさいました……。私、幸せな時間を過ごすことができました……」
急に芯の通らなくなったリリエラさん。
ルークさんの話になると急にしおらしくなるのもこの親友の魅力だよなぁと思う。
だからこそ応援したくなるんだよね。
すると校庭の方からパァンと、締めの花火が上がる。
「お義母様と話していたのですが、今度……家族、そしてお兄様に正式に紹介させてくださいませんか?今度は、『私の親友です』と……」
「あ、ありがとうございます……私もお父様を説得しておきますわ……」
まるで僕達を祝うかのような花火を背に、僕たちは二回目の握手をした。




