第698話 心火
宿屋の女性に広間をお借りし、そこで情報を共有すべく会議をする。
「この世界に来て、こんなに情報量の多い挑発をされたのは初めてですよ」
まぁ、お相手はそんなこと微塵も思ってなさそうだけれど。
「ソラ様、あんなものをお飲みになられて、大丈夫ですか?」
「まぁ、姉が入れた雑草詰め合わせ泥水よりはマシでしたよ。あれに比べれば、飲めて草以外の味があるだけでも少なくとも吐き出したりはしませんし……」
むしろそんなもの出されたらたまったもんじゃないけど、それに比べれば赤ちゃんみたいなものだ。
「「ソラ様……」」
「んむっ……んんんんっ!?」
突然涼花さんが口付けをしてくると、舌を絡め合わせてきた。
僕は息が持たなくなりそうで手で突き離そうと抵抗すると、涼花さんが更に体を抱き寄せて離してくれなくなってしまう。
「んちゅ、ちゅんんんー!?」
「ソラ様、お薬です!」
ようやく意図が分かり涼花さんの舌から送り出された錠剤をごっくんと飲み込むと、やがて涼花さんは僕を解放してくれた。
「ぷはぁっ、はぁっ、薬飲ませるなら先に言ってくださいよ」
「すまない、魅力的な唇だったので、つい……」
「そんな理由でキスしてたらふやけちゃいますよ……」
「それは、誘っているのかい?」
胸がきゅううんとなってるんじゃないよ、涼花さん!
「ナチュラルにいちゃついてますね……」
「ちがっ……こっちは真面目な話をしているんですっ!!忍ちゃん!」
「無問題、一部始終を撮影済みです」
「それ、今の光景のことじゃないよね……?」
「黙秘権を行使します」
「忍?今は本当のことだけを言いなさい?」
僕が口調を変えると、忍ちゃんの背筋がぞくりと三回震えた。
「は、はひぃ……!両方映像には取っております!」
「命令口調のお姉様、ちょっとゾクゾクしますわ……」
「これがメスガキ……」
オスガキの間違いでは?
「いくらソラ様や私達には効かないとはいえ、麻痺のある毒物を大聖女様に飲ませたと言う事実は、死罪に値する」
「別に私にどうこうしたことはどうでもいいんですよ。正直飲む前から毒物だって分かっていましたし、毒の種類も程度の弱い麻痺毒だって分かっていましたから。私に効かないことも含めて」
味が不味いことと麻痺毒が少しピリッとするくらいのもので、それくらいで別に怒ったりはしない。
「しかし……」
「私、筋は通すつもりですよ?ルドルフ元公爵令息の件、忘れていませんからね」
「うっ……」
涼花さんを黙らせるには好都合の素材。
僕はかつての社交パーティーでルドルフ元公爵令息が持ってきた毒杯から救い、他の人が誤飲しないように残りを僕が飲んだ話を引き合いに出した。
「ですが、お義母様……」
「あら、セフィー」
「あの、本当にお怒りになられていないのですか……?」
「魔力が漏れ出ていて……」
「ソラ様、お顔が怖くなられていますよ……?」
エルーちゃんの手を取って心を落ち着ける。
大丈夫、今の僕は冷静に、怒りを露にできている。
「ええ。私が飲んだ後、わざと酔っ払ったふりをしました。その後ティファニー妃は、何をしたか覚えていますか?」
「あの回復魔法もどき……まさか北の国ギルドマスター、オフィーリア様と同じ、魅了魔法ですか!?」
「ご名答、エルーちゃん。魅了魔法は魔力量のぶつけ合い。あの紅茶には麻痺毒のほかに、魔力の放出を一時的に抑える毒が混ざっていたのだと思います。まさかその状態でさえ私の魔力があっさりと勝って魅了魔法を弾いてしまったことにティファニー妃は気付いていなかったようですが、そんなことはどうでもいいんですよ」
事の重大さを理解した宿の皆が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「対人に使用するだけで国際的でなく世界的犯罪となる魅了魔法を……よもや聖女様に放った、ということか」
「分かっていませんね。私にだけならどうでもいいんです。そもそも聖女に魅了魔法自体が効かないですし、魅了魔法は相手の性別をきちんと理解していないと効かないので、私に対して効くはずがないでしょう?」
自分で言ってて悲しいことだけれど、今はそれより怒りの感情のほうが強い。
「魅了魔法は私だけにではなく、私の婚約者二人にまで巻き込もうとしていたんです」
「確かに、あのピンクの円……あきらかに範囲が大きかったです」
「だが話を聞いている限り、あの女に制御が出来るとは思えないな」
「魅了魔法を使うのが初めてで、範囲が大きくなったとか?」
僕は自分のために感情を表すことが苦手だ。
でも、僕の大切な他人のためになら、感情を燃やすことが出来る。
「私の婚約者に手を掛けたこと……必ず後悔させてやります……!!!!」




