第697話 四妃
「お紅茶をどうぞ」
ティファニー妃のメイドさんが配膳してくれたものを見て、エルーちゃんがピクリと反応した。
僕もそれには気付いたが、わざとエルーちゃんを見て軽く首を横に降った。
『これから先は、手を出すな』と、護衛にも合図する。
今の僕に必要なのは、安全性より情報だ。
ちょびっと口をつけると、ピリッと辛い感覚がして……。
「……」
うわっ、まっっっずっっっ……!?
思わず叫ぼうとしたけど、あまりにも不味かったものだから逆に黙っちゃったよ。
せめて「お紅茶」って言ったんだから、紅茶としての体裁くらい保っていてほしい。
まあ、席に付いているのが僕だけでよかった。
これがこのメイドさん単独の仕業だとしても、ティファニー妃も含めてこれが他の人も飲んでいない事実に一旦安堵した。
味的に毒も入っている気がするけれど、一番は麻痺かな?
僕の指示のせいで今にも飛びかかってしまいそうな涼花さんも、僕の言いつけ通り目を伏せて何もない風を装っている。
今の僕たちにはセイクラッド王城に関しての情報が少なすぎる。
このメイドさんやこの人があとでどうしょっぴかれるかは定かではないものの、今はそんなことより情報がほしい。
幸い、姉みたいな人相手に表情を作らない演技をするのは僕にとって容易いことだ。
「それで、私に何をして欲しいのでしょうか?」
ちょびっと飲んだせいで毒が効いていないと思ったのか、少し焦り出すティファニー妃。
他者に操られたメイドの仕業だと思ったのに、これじゃあティファニー妃の企みだって分かりやすすぎるよ……。
まあ、別に体力のステータスカンストしているからこの程度の毒じゃ一割も減らないし、麻痺も魔法防御が高いせいでピリッとするくらいだし、すぐ解除される。
仕方ない。
ここはそっちの作戦に乗ってあげようと、カップの紅茶もどきをほとんど飲み干すことにした。
「美味しいですね、これ」
「お気に召して何よりでございます!」
わざと嫌味言ったのに、メイドはほっとしているしティファニー妃は喜んでるし、僕の意図分かってないな……?
この人、これ飲んだことも他者に飲ませたこともなければ、味の確認もさせずに飲ませたのか。
臭い嗅ぐだけでも不味いって分かるレベルなのに……。
こちらにとっては好都合だけれども、ティファニー妃を唆した元凶が別にいることは間違いないな。
「あふ、ふへぇ……」
ついでだから、ちょっとふらふらした演技も入れておこう。
「あらあら、お紅茶にお酒が混じってしまっていたようですね♪申し訳ございません!ですが私、こう見えて光属性魔法が使えますのよ?」
「ほう」
「では、テンプごにょごにょ……ヒール!」
無詠唱魔法すらできないのか……お粗末にもほどがある。
僕のことは公開されていない情報が多いだろうから知らなくて当然だけれど、ここまでいくとちょっと哀れだな……。
ティファニー妃の取り出した杖からピンク色の光が丸みを帯びるとそのまま僕だけでなく、隣に立っていたエルーちゃんや涼花さんを魔法の効果の及ぶピンクの球体の領域に入れたところで、パンと弾けとんだ。
なるほど、あまり魔力の無さそうなティファニー妃が僕と周りを巻き込むくらいの魔法を放てるわけがない。
だからこのカップに入っていた紅茶の一つは麻痺であることは間違いないけれど、もう一つは毒じゃなかったらしい。
しかし、光魔法のマスターである聖女に向かって光魔法使うことの意味を知らなすぎやしないだろうか?
ヒールがピンク色の光なわけがない。
そもそもお酒なら状態異常なんだから回復魔法のヒールじゃなくて状態異常回復のキュアでしょうに。
でもそんな些細なことやお粗末な魔法を見せられたことより、僕には何より許せないことをされて、ふらふらとしていた演技をやめると同時にティファニー妃を一瞬睨み付けた。
「ギロッ……」
「ひっ……!?」
「あ、治りました!ありがとうございます♪」
僕の機嫌が戻ったと悟ったのか、ティファニー妃は僕の手を取ってこう告げた。
「い、いいですか?三日後、必ず王城にいらしてくださいませっ!」
ティファニー妃とメイドさんはすたすたと帰っていった。




