閑話186 お返し
【橘涼花視点】
海から帰ってきた夜。
「海、楽しかったですね」
「少し日に焼けちゃったね」
「それは……誘っているのかい?」
「涼花さん……?えっち魔人にまた何か唆されたんですか?」
「えっち魔人」とは、ソラ様がつけたエルー君の別称らしい。
ソラ様と共有した記憶の中で、エルー君は毎晩えっちなことをしていたらしく、それどころか発情期には寮の獣人達と共に発散していたほどに見境がなかったらしい。
学園でも清楚で通っており、「水の賢者」の二つ名を持つ程に優秀な魔法使いであり可愛い専属メイドでもあるエルー君が、毎晩ソラ様を想って慰めているなんて、同じ朱雀寮生以外には信じられないことだろう。
因みにソラ様が三年生になったときに身分を明かされたため、私も護衛として朱雀寮にはよく訪れるが、度々声が漏れているらしく朱雀寮生は全員知ってしまっていると寮生からは聞いている。
「ソ、ソラ様!私、そこまで常にえっちなことばかり考えているわけではございません!」
「じゃあ、今日はえっちなことはやめようか」
「えっ……」
「たまにはえっちなことなしで、お話しようよ」
「ソ、ソラ様ぁっ……!」
私もソラ様も、エルー君の可愛らしい反応を見せてくれるからかつい意地悪をしてしまう。
エルー君とは、三人ともが恋人のような関係だ。
もちろん私もエルー君も子を成したいのはソラ様とだけだろうが、彼女のいう「えっちなこと」を二人でしてもいいと思うくらいにはエルー君のことは好きになっている。
私は可愛いものがとても大好きだ。
だからソラ様とエルー君は同じ可愛いもので、二人がキスしている姿を見るだけでも胸がきゅんとしてしまう。
「今日一日、待ったんですから……」
「まだ昨日してから24時間経ってないじゃん……」
「お、お薬じゃないのですからきっかり24時間待つ必要もないじゃないですかっ……!」
「エルー君、一旦落ち着こう。目的と手段が逆になっているよ」
「す、すみません……でも、性欲は強い方みたいで……。一日しない日を作ると、その日何も手につかなくなってしまうんです……」
「清浄」
「あっ、消えました!」
「ソラ様の魔法で消せるのか」
「最終手段ですけどね。私もこの二年間よくお世話になった光魔法です……」
女の花園に男一人でいるのだから、ソラ様には随分と禁欲させてしまっていたようだ。
私達二人でも治まらないほどに乱れていると思っていたが、今までの反動だと思えば分からなくもない。
だって思春期の二年間、ずっと我慢して生きてきたのだから。
「だが、ソラ様はエルー君の発作を止められる手段があるのだな」
「ただ、あまりにも欲情しているときには効果ないですけどね……って、そんなことは置いといて!二人にプレゼント買ったんですよ!」
「プレゼント?」
「ですか?」
これは……シルク製の手袋だ。
「エルーちゃんが白、涼花さんが黒。エルーちゃんはお掃除とかで手が荒れないように。涼花さんも刀を握る大事な手が傷付かないように」
「わぁ、ありがとうございます!」
「これは、高いんじゃないのか?」
「値段なんて気にしないでください。たくさん買っておいたので、あとで渡しますし。これ、シルクだから肌触り凄くいいんですよ。二人なら気に入ってくれるかなって思って!」
思わぬプレゼントに、私の胸が熱くなる。
私はこの人に貰ってばかりで、てんで返せていないことに少し腹が立っていた。
しかしソラ様からいただいた記憶によれば、この世の既に産み出された「アイテム」はすべて所持してしまっているため、モノでソラ様が欲しいものなど上げられない。
「凄い、肌触りいいです!」
私達はモノ以外の方法でお返しするしかない。
と、なれば今ソラ様に必要なのは、エルー君が癒して嫌な思い出を消したことでぽっかりと空いた穴を埋めるための楽しい思い出や愛情だ。
「ソラ様、私達にこんなものを渡して、どうして欲しいんだい?」
「えっ、だから……二人の綺麗な手が傷付かないようにって……」
「汚れてもいいように、沢山用意する必要も、手を汚すことも考慮することが、本当はしたかったんじゃないのかい?」
「……はっ!?」
エルー君が私の意図に先に気付いて真っ赤になると、私に加勢してくれた。
「ソラ様、もしかしてこれを着けて、手でしてほしかったのですか?」
「……あっ!?ち、違っ!?別にこれはえっちな目的で買ったんじゃ……」
「では手袋でするのは、やめるかい?」
「うっ……うぅぅ……」
下半身を見ると答えは明らかのようだ。
彼も少し正直になってくれて嬉しく思う。
「や、やさしく、お願い……します……」
勝ち取った言質にエルー君と二人目配せをして喜びを噛み締める。
この肌触りのとてもいい手袋のお礼に、彼が気持ちよくなるように精一杯の思い出と愛を注ごう。
惜しむらくはこの行為自体が私達にとってもご褒美となってしまうため、これでは借りを返せていない事になってしまうのだが、それは今は黙っておくことにしようと思う。




