第695話 蛸焼
「ばた足しないと進まないよ、ハープちゃん」
「羽でもいいのか?」
「……まあ、進むんじゃない?」
僕にないものの使い方を聞かれても、答えようがないってば。
「しかし、物理障壁を張ってそれを蹴って推進力を得る方法は思い付かなかった。流石はエルーちゃんだね」
これなら無属性でできるから誰にでも真似できる。
水泳選手もけのびで推進力を得ているし、手足をバタつかせるより壁を蹴った方が推進力は段違いなのだろう。
まぁ向こうの世界に魔法なんて概念がないし、そういった柔軟な発想が出来るのは前世の無駄な知識が入っていない人たちならではなのかもしれない。
「ソラ様は私のことなんでも褒めてくださるのですから……」
「だって、私の側にいるとみんな私のことしか褒めないから。だから私はエルーちゃんのことを褒めるんです!」
「そういうところですっ!」
ぷんぷんと怒って僕のところまで泳いで……いや歩いてきたのが可愛かったので、向かい合って両手の恋人繋ぎをしたところ、顔を真っ赤にして受け入れてくれた。
そのまま、吸い込まれるようにエルーちゃんの唇に……。
「あーるーじー!我のこと忘れるなぁっ!」
「ごめんごめん、ハープちゃん!でも二人とも私より全然泳げていると思うよ」
流石に龍の羽を使った泳法はしらないので、自分で開拓して貰うほかないけれど、少なくとも今でも僕のクロールよりは推進力ありそう……。
「そもそもエルーちゃんは水魔法使いだから、泳ぐ必要もないんだろうけどね」
「それでも、初めてのことはソラ様と一緒にしたかったですから」
「もう、いじらしいこと言っちゃって……」
その時、ざっぱーん!と遠くで大きな音が鳴った。
「な、なんだ!?」
「あっちって確か、涼花さん達が遠泳してたところじゃ……」
と思っていたら、こっちに来た。
ん?なんか三人で白いの背負ってる?
「あれって……タコ?」
「いえ、あれは……クラーケンですっ!」
「おお~い!クラーケン倒して来たでぇ~!」
……何で水泳競争してたと思ったら、クラーケン倒して来てるのさ?
「勝手に持ってきて……。他のお客さん達困るでしょ……?」
「すまない。だがこんな浅瀬にクラーケンが出現しているのが少し気になってな……」
「でもクラーケンの餌不足とかなら元凶倒しちゃったんですし、解決では?」
「そんなことは今ええやろ!たこパや、たこパ!」
たこパて。
玄武、案外向こうの世界に染まってない……?
エリス様の入れ知恵なの、それ?
辺りが少し夕焼けに近づいてきた頃、大量のたこ焼き器をアイテムボックスから取り出して、みんなでたこ焼きを行った。
どうやら僕たちはクラーケンのせいでとても目立っていたようで、周りにいた親衛隊の皆さんだけでなく、他のお客さんやお店の人達も何故かたこ焼き作りを手伝ってくれて、臨時営業のたこ焼き屋台のような空間が出来上がった。
「はい、一丁お待ち!」
「んー!やひたて、おいひい!」
ギルドに事後報告するのは今から億劫だけど、今だけはこのたこ達で美味しい思いをしてもいいだろう。
やがて辺りが暗くなって来ると、花火が上がっていた。
「わぁ、綺麗……」
「たーまやー」
「かーぎやー」
ララちゃんとソーニャさん、時々ちゃんと脳で喋ってるか心配になる……。
「ここは夏の間3日に一回花火が上がるみたいです。今日はツイてますね」
「あ、お義母様のお顔です!」
「今度はサクラ様の花火……!」
「あっ、そっちには真桜様!」
「あちらには、リン様まで!」
相変わらずフリー素材だな、僕たち……。
「また、海来ようね」
「ああ!」
「はいっ!」
三年目にしてようやく、平和な夏の思い出ができたと僕は安堵した。




