閑話184 穴埋め
【橘涼花視点】
休日のこと。
自室のシャワーから出て水を切る。
ここ聖女院は自室にシャワーがあるだけでなく、運動場、温泉、庭園まで完備しており、まるで旅館のようだ。
我々親衛隊は聖女院に生涯身を置くことを条件に、これらの福利厚生がすべて無料で受けられる。
自分のことは自分でできるようにと両親に教わってきた私にとって、これらの施設は過剰でほとんど使ってはいない。
あると便利ではあるものの、いざ日常的に備わっているとなると使わなくなるものだ。
それに、あまり余所見をしていたくないものだ。
私の人生を変えてくれたお方に、恩を返すまでは寄り道はしていたくない。
動きやすい格好に着替え準備ができると、迷宮に潜るためワープ陣へ向かう。
「涼花様、ごきげんよう」
「エルーシア君。息災か」
「はい。あの、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
客間に案内されて紅茶を出される。
「私の分まで、すまない……」
「いいえ。性分ですから」
こうやってさりげなく癒して差し上げることができるのも、エルーシア君の魅力なのだろう。
「あらためて、ご婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
「お似合いの二人だと思う。それに、君の力の方が、あのお方を癒して差し上げられることだろう」
「……気付いて、いらしたのですね」
私も以前エルーシア君に触れたことが何度かあるが、心が晴れやかになったのを覚えている。
私の場合は母上とメイドを亡くしたことが心の傷になっているが、彼女と触れているとその傷が消えていくかのような感じがした。
刀術士として些細なことに気付けるようになれと師匠から教わってきたが、気付けたのはそのお陰だろう。
「確証はなかったけれどね」
「ですが、私一人では足りません」
その言葉は、私が一番欲していたものだと思う。
だがそれは同時に自らが欲にまみれた浅ましい人間であることを示していることに他ならなかった。
「私とソラ様と涼花様は、一心同体です。共に記憶を共有しあった仲でございますから」
「だが君と違って、私には何もない」
エルーシア君のように、ソラ様を癒す力を私は持っていない。
それでは、ソラ様の隣に立つ資格など……。
「涼花様、あなた様が負った心の傷を埋めたのは、どなたのお陰でしょうか?」
「それは、ソラ様の……っ!?」
そこまで言われて、ようやく気付いた。
「たとえお心を癒せたとしても、そこにはぽっかりと穴が空くだけなんです。涼花様が葵様との思い出を清算なさったように、それを上回る『愛情』で埋めなければなりません」
「ふっ、『慈愛の聖女』様に、慈しみと愛しさを教えるのか?この私達が……」
「乗って、くださいますか?」
「ソラ様が頷くとは限らないよ」
「そこは、私にお任せください。必ず頷かせてみせますから!」
指切りをする手もまた小さい。
ソラ様と同じこの小さな身体に、どれだけの強かさが隠れているのだろうか。




