第685話 婚約
結納式当日。
「失礼するわよ」
「サクラさん!」
「本当に素敵なドレスね。とっても可愛いわ」
「……嫌味を言いに来たんですか?」
「もう、褒め言葉は素直に受けとりなさいよ」
男にドレス似合ってるって言うのがどうして褒め言葉になるのか、よく考えてからものを言ってほしい。
エルーちゃんに「女性らしさ」を否定しないでとお願いされたものの、それはエルーちゃんが女性らしく僕を見ることを許容したのであって、別に女装趣味になったわけでも女装を受け入れたわけでもないのだ。
そこを履き違えて貰っては困る。
「初めは同郷ってだけの繋がりだったけれど、あなたには命を救ってくれた恩義もあるし、娘と仲良くしてくれているし、今ではもう一人の娘のようには思っているのよ?」
「サクラさん……」
「だから、うんと幸せになりなさい!」
「はいっ!」
「それはそれとして、私にはもうひとり娘がいるのは知っているかしら?」
「うっ……。葵さんから託された娘さんのことですよね?」
「あら、よくご存じで。なら、これから言う台詞も分かっているわよね?」
「うぅっ……」
「『娘を泣かせたときは、ただじゃおかないからね』」
それは、涼花さんを通して記憶にあった葵さんの台詞そのものだった。
「まったく、結納式前に脅すなんて、酷いにも程がある……」
幸せになりなさいと言いながら脅してくるんだから、本当に質が悪い。
「ソラ様、サクラ様も悪気があったわけでは御座いませんよ」
「エルーちゃん!」
「夜空のドレス、着てくださってありがとうございます。あなた様が一番輝いて見えます」
「それなら、エルーちゃんはお日様のドレスかな?私には眩しすぎるくらいだよ」
「私奏天は、エルーシアを婚約者として将来を誓います」
「私エルーシアは、奏天様を婚約者として生涯共にすることを誓います」
婚約指輪をお互いにはめ合い、口づけを交わす。
夜とは違い、愛おしい気持ちをゆっくりと確かめる。
主役のエルーちゃんが拡声魔法で皆に声を届ける。
<皆様、この度はお越しいただきありがとう御座います。ソラ様からお心をいただきこうしてご婚約をいただけることに、天にも昇る気持ちで御座います>
あまり考えないようにしていたものの、これから起こることに関して僕は何も言わないようにエルーちゃんと約束している。
<同時に、この気持ちは私一人でいただいていいものではございません。ソラ様に沢山救われているのは私だけではございませんし、ソラ様もまた沢山の方々に救われていると仰っているからです>
まぁ、要するにこれこそが僕がエルーちゃんに婚約する条件として課せられたものだ。
<私はソラ様と第一夫人として婚約をお約束いたしましたが、仲良くしてくださる夫人や側室は引き続き募集中ですっ!!>




