第683話 偶然
「えっ……なんですか急に……?」
「すみません、私がいない間になんのお話を……」
一瞬動揺でエルーちゃんの持つお盆が揺らいだけど、何年もやっているおかげか落とすことなどしなかった。
「いえ、エルーシア様は記録にしきりに『ソラ様の性別はソラ様』と書いておられましたし、女性同士でしたら病院で特殊な魔法を使って卵子を取り出して精子に変換しないと子を成せないので、『本番を避けている』というのは、そういうことしかあり得ないかと」
……日記を読んでいる以上、少なくとも僕に真ん中の足があることは知られてしまっているのだろう。
その上なぜふたなりである疑いまでかかっているのかはよく分からないけど、きっとあくまでも聖女と呼ばれているからなんだろうな……。
つまり今の僕は、ふたなりだけどエルーちゃんが女の子だから、女の子を喜ばす方だけを使っており、もう一方の女の子の部分は使われていないという、哀れなふたなりとして、記録室内で物議を醸していると……。
今本番を避けているのは、子供ができてエルーちゃんが学園を退学などになるのは避けたかったのもあるけれど、何より今出来てしまったら、『必然』ではなく『偶然』であることが公になってしまうからだ。
ジュリアンさんの言う通り、女性同士で子を成すにはこの世界では行為で成すわけではなく病院などの機関で摘出して卵子の転換を行うため、両者の同意のもとに『必然』的に子を成すしか手段がない。
だからこんな卒業前に子ができて退学なんて流れを作ってしまった時点で、それは『偶然』に子ができてしまったことを世間に知らしめてしまっているようなものなのだ。
要するに僕が男であるか、それかエルーちゃんが他の男との子を成したなどの噂が出てしまう。
もちろんこの話はエルーちゃんにもしているし、それでも婚約者であるエルーちゃんの欲求不満はなるべく解消してあげたいので、今のような関係になっている。
でも、噂の大元を辿る限りだと……。
「これ、私のせいじゃないよね?」
どう考えてもエルーちゃんのよく分からない考え……もとい信者一人の『ソラ様の性別はソラ様』教のせいだ。
「うっ……」
「エルーちゃん。信じるものは自由だけど、男だということを否定されるのはちょっと辛い」
「そ、そんなつもりは……」
「私は男としてエルーちゃんを喜ばせたいという気持ちも少なからずあるから、それは認めてほしいな」
「うぅっ……ですが、私はそんなソラ様の『女性らしさ』に惚れたのです。でも、ソラ様が頑なにそれを否定なさるので……」
「エルーちゃん……」
一方的に価値観を押し付けていたのは、僕の方だったのか。
エルーちゃんが好きだと言ってくれるのなら、女装も案外悪くはないのかもしれない。
……それにもう男装している時の方が違和感あるようになってしまったし、今更戻るに戻れないんだよね。
「そっか、私もちょっと言いすぎてたかもしれない」
成り行きにしても、エルーちゃんが僕を好きになってくれた原因まで否定するのは、違うよね。
「ではソラ様は、『女性らしい男性』ということでここはひとつ……」
なんかそれ、余計不名誉になってない?




