第681話 記録
「承知いたしました。大聖女様は記録室のご利用が初めてとなりますので、概要を説明させていただきます」
「お願いします」
「転写本は専属メイド様方や執務官、それに聖女史編纂室など聖女院の特別な権限を持つお方に『貸与』という形でのみお渡ししております」
聖女史編纂室とは聖女学園やその他高等学校等に広く普及している『聖女史』の教科書を作る人たちだ。
聖女の行ってきた事実から良いとこ取り……要するに美化して教科書にするらしい。
その編纂の事実確認などのためにメイドの記録を確認するのだそうだ。
「通常はお借りする事由を事前に提出し、審査が通れば金銭と引き換えにお借りすることができます。『貸与』されている転写本は特別な魔道紙となっており、聖女院の敷地外に持ち出そうとすると燃えて消えます。また転写本は返却後に漏洩防止のため燃やして破棄されるそうです」
専属メイドの記録には聖女にとって必ずしも良いことだけではなく、勿論黒歴史も書いてあることだろう。
それを世に広めるのを防ぐためにこのような措置を取っているということか。
「補足に感謝いたします、エルーシア様。ただし聖女様は特別で、審査も必要なく、その上『貸与』ではなく『譲渡』という形でお渡しすることが可能です」
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。ですので聖女院外への持ち出しをすることも可能です。ただし、注意事項がございます」
「注意事項?」
「私達には聖女様を言葉で拘束するなど、本来あってはなりません。ですのでこれは独り言で聞き流していただいて構いません」
「大丈夫です。大事な話なんですよね?お聞きします」
「ご配慮くださり感謝いたします。記録室の持ち出し情報は公にしてしまうと過去の聖女様の名誉を傷つけてしまうものも中には御座います。大聖女様のご判断に委ねますが、取り扱いにはお気をつけください」
「分かりました」
ジュリアンさんが隣にいた職員さんに目配せをすると、職員さんはぺこりと頭を下げ奥の部屋に入っていった。
「転写本ですが、基本的にご依頼いただいてから作成を始めるのでお時間をいただくことになっています」
「急いでいないから大丈夫です。どれくらいかかりますか?」
「大聖女様の分は10分、嶺梓様のものは一時間かかります」
「えっ、そんなに早く終わるんですか……?」
思ったより早くてびっくりした。
でも転記って手書きじゃなくて魔法でやるから、時間としてはそんなにかからないのかな?
「ですが嶺楓様のものは1日か2日ほどかかるかと」
「えっ、どうしてお祖母ちゃんのだけはそんなに……?」
「実は26代聖女様の頃から『魔道日誌』に記録されるようになり、それ以降の紙は保存状態を清潔に保ちつつ、魔力を灯すだけでものの一時間で全ページの転記ができるようになったのです」
「なるほど、つまりお祖母ちゃんの時はダイアンさんが当時の紙に手書きで書いてあるから、全部見て転写本に書かないといけないってことなんですね」
「はい。記録は文字と描写……つまり絵日記でございますから、完全に転記するのにも技術のいる作業になります。その上初代様の日記は古く、保存状態を保つ魔法を使いながらの作業となってしまうため、どうしてもお時間をいただくことになってしまいます」
「なるほど……。ああ、別に急いでいないから時間がかかっても大丈夫ですよ。どちらにせよ梓お姉ちゃんの分を読むだけでも何週間かかかるでしょうし。……でも、そんなに大変なら25代以前の日記も『魔道日誌』にあらかじめ転写して、それを転写本の原本にすればよろしいのでは?」
そうすれば毎回依頼時に2日かかっていたのが一時間で済むようになるし、本当の原本ではないからそれに毎回開く度に保存状態を維持する魔法をかける必要もない。
「実は、25代より前の資料を取るようなことが殆どなく、あっても年に1、2回ですので、『魔道日誌』化しておく必要もあまりなかったのです」
「なるほど……」
「ですがこの手間は薄々感じてはおりました。大聖女様のご提案ですし、検討したいと思います」
「そうですね。もしかしたら『何日もかかるという手間を掛けたくないから依頼しなかった』という人達もいたかもしれませんし」
「なるほど、大聖女様はとても広い目をお持ちなのですね」
「人経費、経費は私のものを使ってください」
「!?よ、よろしいのですか?」
初めてジュリアンさんの目を見開く顔が見られた。
「はい。どうせ、何にも使ってないですしね……」
僕の費用というのは、僕個人で持っている……もといアイテムボックスにしまっているお金のことではなく、聖女院が用意してくれている、僕が何か事業をしたり買い物したりするため用の自由に使っていいお金のことだ。
とはいえ僕は聖女院としての仕事……つまり行幸や五国会議、各地の疫病の浄化などの仕事で聖女院から別にお金を貰っているし、冒険者としての依頼達成報酬も貰っているし、聖女学園の教員としてのお給料も貰っているため、個人的に欲しいものがあればそれらのお金から払うだけでいい。
その上まだ一応学生としての身分だし、特出してやりたいことなんて毎年そうないんだよね。
だから毎年増えていく一方で、減らす努力はしているものの一向に減ってくれないんだよね。
これはサクラさんにも一度使い道を相談したんだけど、「そもそもそんなに一度に人助けしまくったことないからそんなに費用として割り当てられることなんてないのよ」と一蹴されてしまった。
仕方なく新しい武器などの開発費用としてクラフト研究室などに毎年多額の支援をしているものの、あまりやりすぎると孤児院の寄付と同じようにルークさんに怒られちゃうから、結局収支をゼロにはできていない。
「後でルークさんにお願いしておきます」
「感謝申し上げます。嶺梓様と大聖女様の分は終わり次第お呼びいたしましょうか?」
「ええと、転写本の作成はジュリアンさんもお手伝いするのでしょうか?」
「いえ、私は先程の指示出しをするだけです」
「お邪魔にならないのでしたら、ここで待ってます」
改めて記録室を見渡すと、インクの香りというよりも、紙の香りがする気がする。
「でしたらお話し相手を勤めさせていただきます」
「お茶をお持ちしますね」
「すみません、エルーシア様」
奥の部屋に案内され、ソファに座る。
「そういえば、転写本って本人許可は必要ないんでしょうか?」
「ああ、お隠れになられている聖女様でしたら必要ございませんが、そうでない場合には必要となります。たとえ聖女様であっても、隠しておきたいことのひとつや二つは御座いますから。また遺言として公開しないでもらうようにもできるそうです。尤も、実際にそうした方はまだおられませんが……」
「ええと、では私の分はどうして……」
「それは、お二人でこちらに来られましたから」
「ああ、本人と専属メイド、両方の許可があればいいってことですか」
「左様で御座います。とはいえ、普通は専属メイド様のプライバシーも御座いますので、ご所望になることはありません」
「……」
どうしてと聞かれると困るので、僕には黙ることしかできない。
「大聖女様は、エルーシア様との夜を素晴らしいものにするためにご所望なのでしたよね?」
「えっ……ど、どうしてそれをっ!?」
まさかエルーちゃんの日記、この人に見られてる!?




