閑話181 漫画化
【ライラ・クロース視点】
「レコン」
「……」
「レコン、聞いてる?」
「…………」
私の声に何の反応も示さず、部屋の中はサッサッという鉛筆のなぞる音だけが聞こえてくる。
勉強机型の机とちゃぶ台型の机の両方を部屋に支給しているというのに、そのどちらもただのネームの紙置き場に成り下がっていた。
その上本人は床で描いており、ソファも床もパンティを履いたデッサン用の女性の石膏以外の場所は紙だらけ。
そのせいで足を踏むところも選ばなければならない程。
「いい加減になさい!」
「ん?ああ、お嬢。居たのか」
私が大声を出して、ようやく気付く。
私も鬼ではない。
特に私は物書きや絵描き等の『表現者』を雇う都合上、『表現者』の嫌う言動には気を付けているつもり。
ならどうして私が恫喝のような真似をしているのかというと、かれこれ声をかけ始めてから、半刻は経っているから。
「お客様よ。早く支度なさい」
「客?なんだよ、急に」
「……あのねぇ。この間話したことも忘れてるの?」
絵描き以外のことになると何も覚えていないのだから、この男、都合が良すぎる。
「髪もボサボサ……。ノーン」
「畏まりました、お嬢様」
メイドのノーンにレコンの身支度を任せる。
折角整った顔をしているのに、勿体無いと思うのは私の職業病だろうか。
長い髪を巻き上げるだけでもある程度マシにはなるはず。
「いてっ!おい、いいって……」
「ダメよ。今日のお客様を敵に回したら、文字どおりあなたの首が飛ぶわよ」
「げっ……なんつー迷惑なオキャクサマだよ……」
……私が今、首を飛ばしてやろうかしら?
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「ノーン、整ったら連れてきなさい」
「畏まりました」
「えっ、漫画化……ですか!?」
「興味はあるみたいね。売上は順調そのものだし、そろそろ手をつけても良い頃よ」
「絵は、いつもの挿し絵の御方ですか?」
「いや、セラムではないわ。彼女は漫画向きではないもの」
セラムは私のところのお抱えの絵描き。
一枚一枚に時間をかけるもののその絵は目を見張るもので、彼女に『大聖女の花園』シリーズの挿し絵を任せたのは間違いなどではなかった。
「では、どなたが……」
「お嬢様、お連れいたしました」
「……こんちは」
ふてくされた顔で入ってきたレコンをひっぱたいてやろうかと思ったけれど、シェリーの手前やめておいた。
「ほら、挨拶なさい」
「レコンだ」
「えと、シェリルと申します……」
しまった、シェリーは女学園で男慣れしていない。
レコンは美術以外に興味がないとはいえ二人とも無言では、まるでお見合いそのものだ。
「あんた、描き甲斐ありそうだな」
「えっ……!?」
「この男はレコン。普段から女ばかり描いている絵描きよ。この子はシェリル。『大聖女の花園』の著者よ」
「へぇ!あんたが」
その言葉にピクリと反応し、しばらくシェリルじっっと見つめていたレコンに、思わず私がはっとしてしまう。
「あまりなめ回してると、首飛ぶわよ」
「おっかねぇこと言うなよ。肢体を良く見ていただけだ」
花も恥じらう乙女の身体に向かって『パーツ』などと言うなんて、この男は忠告すら覚えていられない阿呆だったとは。
「シェリルは大聖女様の義理の娘。だからあなたと首が離れ離れになるかどうかもこの子と大聖女様次第よ」
「あの、別に私自身は平民のつもりですから……。それより、漫画化は、このレコン様が?」
「こんなのに様なんてつけなくていいわ。生活能力が終わっているけれど、実力だけはあるわ。シェリーはどうしたい?」
「私……やってみたいです!」
「良い子ね。それじゃあ早速一巻のネームの打ち合わせからやりましょう」
「ええと、ちょっと待ってください……!一巻のネームの打ち合わせってもしかして……」
「?」
「と、殿方と情事の描写について、打ち合わせをするのですか!?」
あっ……。




