第673話 麦藁
「それで、西の村の『成婚の儀』って、具体的にどんなことをするんでしょうか?――」
――確かに聞いた感じ、エルーちゃんが『子供同士の口約束』と言っていたのはあながち間違いでもないように感じた。
この西の村の民は麦畑と切っても切り離せない関係にある。
エルーちゃんが言ったとおり、種まきから収穫まで村全員で手伝う関係上、ここ西の村で暮らしていくならその作業をすることは最早義務のようなものだろう。
そして特に収穫の時期は夏が近付き暑いため、男性は藁笠、女性は麦わら帽子をかぶって作業するのだそう。
収穫した小麦の藁で作った帽子で熱中症対策を取るのだから、よく考えられているなと思う。
そして『成婚の儀』はお互いに婚約した者同士が、男の子には藁笠を、女の子には麦わら帽子を送り合うといった儀式だ。
藁笠や麦わら帽子を受け取ったことで「これからこの村の収穫作業を手伝いますよ」という意思表明をし、この村の一員として認められつつ、二人でこの村に居を構えこれから一生暮らしていくことを誓い合うのだそうだ。
それが転じて特に後者だけが伝わり、藁笠や麦わら帽子を送ることは将来を誓い合う『成婚の儀』だという風に広まったのだそうな。
ちなみに麦わら帽子は聖女が広めたせいか人気が高く、一部の貴族への流通はここ西の村が産地となっている。
そんなことはさておき。
「あの……エルーちゃん?」
「はいっ!」
「どうして麦わら帽子二つなのかな……?」
「何か問題が?」
その強気の姿勢、もはやちょっと怖いよ。
女の子同士なら正しいかもしれないけど、何度も言うようだけど、僕、男だから。
「時々エルーちゃんが私の性別を無視してくるの、今度から怒っていい?」
「うぅっ……す、すみません!!でもせっかく一生に一度ですし、ソラ様には藁笠より麦わら帽子の方がお似合いだと思いまして……。あの、本当にお似合いだと思っていますからね?」
「確かに私には藁笠は似合わなさそうだけどさ……。いや、麦わら帽子くらいはいいんだけど、そのうち女性用水着とかウェディングドレス着ろって言われそうで今から怖いんだよ……」
「えっ、ウェディングドレス、着てくださらないのですか……?」
すごいしょんぼりした顔してるよ……。
そんなに残念そうな顔しないでよ。
僕が悪いみたいじゃないか。
「それは今度考えるとして!じゃあ、交換しよっか」
「はいっ!」
今回はノエルさんが懇意にしている職人さんが用意してくれた麦わら帽子だ。
綺麗に編み込んであって、まっすぐ作られている。
細かく、とても手作りだとは思えない職人技だ。
お互いにお互いの持つ麦わら帽子を相手に被せる。
「わぁ、リボンが可愛い。とても似合ってるよ」
「ソラ様こそ、白いワンピースが、まるでお月様を着ているかのようです」
男にお月様って、それは褒め言葉でいいのか……?
僕も女装歴だけは長くなったからか、恋人の色眼鏡かは不明だが、大分毒されてきてしまっている気がする……。
「エルーちゃんこそ、私の太陽だよ」
お互いに顔を近づけようとしたら、麦わら帽子のつばの部分が顔にぶつかってしまう。
「あだっ」
「ふふっ」
お互いの意見が無言で一致し麦わら帽子を脱ぐと、お互いにお腹のところで持って、体を近付ける。
麦わら帽子を持つ手が重なり、帽子を持ちつつ指を絡め合うと、腹部に麦わら帽子二つが重なって土星のようなものが出来上がった。
僕はそれが星の巡り合わせのように愛おしく感じながら、唇を重ねていた。




