第672話 成婚
「西の村の『成婚の儀』ですか?」
「はい。昔から言い伝えられているものです」
「すみません、まったく知識がなく申し訳ないのですが、そもそも『成婚の儀』とはどういった意味のある儀式なんですか?」
「ええと、確か婚約の前段階でお互いに婚約や結婚をする意思があることを表明する儀式だったとは思いますが……。ノエル様、それは子供向けの通過儀礼として作られたものではございませんでしたか……?」
「子供向け……?エルーちゃん、どういうこと?」
「所謂幼い頃の子供同士の口約束の延長戦のようなもので、一種のおまじないみたいなものです。ここ西の村はそれほど外から移住してくる民が多いわけではございません。ですから子孫を残して村を存続させるために婚約という形をとることが多いのです。そのため昔から『成婚の儀』を幼馴染み同士で行って将来を約束したり、親同士で仲が良いと両親が『成婚の儀』を薦めることによって婚約を決定することがございます」
「エルーシア様の仰られた『成婚の儀』は、大抵は年の近い者同士の男女で行われるそうです」
クラフト学の発展のお陰で現在では女の子同士でも子は為せるものの、卵子を精子に変えて人工受精させることはある程度のお金がかかってしまうため、平民の人たちの間ではあまり手が出しづらいのだという。
昨日の夜の時もエルーちゃんが言っていたけれど、あまり娯楽の多くない田舎ではその……えっちなことを娯楽としていることもあるらしく、婚約を約束した人達同士でそういうことをして気を紛らわせているということもたまに聞くらしい。
『成婚の儀』で囲っておき、娯楽としての……そういうことで子供を増やすことに子供達に抵抗を無くすというのが西の村としての作戦なのだろう。
「エルーちゃんは、村の誰かと『成婚の儀』はしなかったの?」
「私はたまたま年の近い男の子がいなかったことと、あとは幼い頃から聖女院で働くことを目指しておりましたので。その時点で村を出て初等学校に行くことが決まっておりましたし、たとえ聖女院に行けなくても王家や貴族家のメイドになることを目指すことになるため、同じく『村の外に出る』事を決めた相手でないとお付き合いすることは難しいのです」
シスカさんとかも普通に没落した貴族家の出だったと思うし、そういった貴族出身の方が一般的な貴族教育を受けてきたから筆記試験が通過できるんだよね。
だから平民から出て聖女院に受かっているカーラさんやエルーちゃん、それにセリーヌちゃんとかは本当に天才中の天才なんだろうな。
「事情を知る私の両親は反対しませんでしたが、元々村の外に出る予定だった私は結局子を為しても村に帰る可能性はほとんどないので、他の男の子達の親からすると『結婚しても村としては価値の薄い女』として見られていたことは確かでしょうね」
「それはなんというか、当時の男の子達には可哀想だったかもしれないね」
こんなに可愛い子、普通の男の子達から引く手数多だったはずなのに、それを両親達から反対されてしまうなんて、男の子達にとってはやるせなかっただろうな……。
「もう、ソラ様ったら……」
顔を赤くするも、エルーちゃんは僕を見つめるのを反らしたりしなくなった気がする。
「「「「……」」」」
「ど、どうかしたんですか?」
「いえ、ナチュラルにいちゃついていらっしゃるなぁと思いまして」
「まったく、胸焼けしそうですわ……」
「いいじゃないですか、たまには」
僕も散々やられてきた側だからね。
これくらい許して欲しいもんだ。




