閑話180 しとね
【エルーシア視点】
ソラ様と婚約のお約束をし、初めての夜のことです。
このときとばかりに用意していた水色のネグリジェを着ると、ソラ様の頬が赤くなっていらっしゃいました。
「綺麗だよ、エルーちゃん」
「ソラ様こそ、お綺麗でございます」
「でも、こんな可愛いパジャマでよかったの?」
「ソラ様にはそういうのがとってもお似合いですよ」
本当は私と色違いの白のネグリジェをお着せしようと思ったのですが、それでソラ様のご機嫌を損ねて寂しい夜を過ごしたくはなかったのでやめました。
「エルーちゃん、まさか僕と婚約したのに僕の性別忘れてない?」
「ふふ、ソラ様の性別はソラ様ですから」
「まだそんなこと言って……意地悪する子には、こうだっ」
「あっ……」
「――お酒の席でのこと、覚えてる?」
「は、恥ずかしいです……」
「今、もっと恥ずかしいことしたのに?」
「……いじわるです」
「可愛い」
ぷくぅと頬を膨らませていると、ソラ様のお顔が近づいてきて、重なってしまいました。
とても幸せな時間に、思わず息をするのも忘れてしまいます。
甘い空間に、私が消えてなくなっていってしまいそうです。
せめて玄武様とテティス様には、この光景が見えていないと良いのですが……。
「そうじゃなくてね。『ソラ様が私を救ってるのに、私は何も返せていない』って、エルーちゃんはそう言っていたんだけど、覚えてる?」
「は、はい。うっすらと……」
「僕もね、同じこと思ってたんだ。僕、こっちに来てから些細なことですぐ体調が悪くなるようになっちゃってさ。エリス様のおかげでステータスなんかは強くなったのに、心と身体がとっても弱くなっちゃったんだ。前は何度包丁で傷つけられても、何回殴られても、ヒールで踏んづけられても、全然平気だったのにね」
それは、いままで溜めてきた外傷や心の傷が祟ってしまったのだと思います。
私とソラ様は、決して『同じ』などではございません。
それは身分のこともございますがそうではなく、幸せに暮らしてきた私なんかよりずっと、ソラ様は苦労されて来られました。
「そんな僕でも、エルーちゃんのお陰で立ち直れたんだ。いつも隣で笑顔を見せてくれて、僕の心を癒してくれた。だから何も返せていないのは、こっちなんだって」
ソラ様は、当たり前のことを褒めてくださいます。
ですがそれは当たり前のことでも褒められて来なかったことで、愛情に飢えていらっしゃるのだと思いました。
私だけでなく、いつもメイドや使用人のことを思ってくださり、真摯に向き合ってくださいます。
それに心癒されている者がどれほどいらっしゃるのか、ソラ様はご存じないのです。
「でもあの席でエルーちゃんに聞いて、お互いにお互いのこと『いっぱいもらってばっかり』って思ってたんだなって」
「あっ……」
いくら記憶を共有していれども、それはただの映像。
言葉を交わさなければ分からないことも多いものです。
ソラ様の黒い瞳が、輝く月に照らされてきらきらと輝き、とても美しく見えました。
鈴虫の泣く音だけが聞こえてくるこの田舎で、その適度な静けさが私たちだけしかいないような世界のように感じさせてくれました。
「僕がエルーちゃんを褒めるから、エルーちゃんは僕を褒めて。そしたら、僕もエルーちゃんも安心できるでしょう?」
「はいっ!」
「じゃあ、いいこ、いいこ」
「ふふ、いいこ、いいこ、ですね!」
「あっ……」
「あっ……。ええと……そちらにも、いいこ、いいこ、必要ですか?」
「ごめんね、もう一回……いい?」
「ふふっ、はいっ!」
独り占めできるのなんてきっと今のうちだけでしょうけれど、今だけは……私だけの王子様であり、お姫様であり、そしてご主人様です。
今はただ……お慕いしております、ソラ様。




