閑話179 偵察者
【下野皐視点】
「荷造り、おわったああぁぁーーーっ!」
ただでさえ肩の凝る私には苦行である段ボールにひたすら入れる作業を終え、思い切りピンと伸びをする。
「ーーーあ゛ぁ゛ーっ」
そのまま充電が切れたロボットのように、ぱたりと床に倒れる私。
「はしたないわよ、サツキ」
「いいじゃないですか、家なんだし。それに、突然発情するはしたない人には言われたくありませんっ!」
遠隔で起動する電動マッサージ機でも動かしたのかしら?
「その話はやめて頂戴……。分身がやらかしただけよ、あれは……」
分身って、創作界隈で普通、女ではなく男の子が自分のアレに対して言う言葉で……。
「まさか、ふたな……」
「失礼ねっ!私はオンナよっ!!一緒にオフロにも入ったでしょう!?」
とまあ、あの一件からエリスさんとはこんな感じで打ち解けてきた。
「よし、よしよし……!」
「やっておしまい!」
なんで悪役令嬢風の命令?
「これで最後よ!ディバイン・レーザー!」
真っ黒な敵が地面に溶けて消える。
「や、やっっっっっと終わったああああっ!」
苦節……何年?
いや、正直同人イベントでエリスさんからいただいてから随分と放置してしまっていたから、実際には5か月くらいだろうか?
アイテム集めがしんどかったけれど、結構面白かった。
エンディングが流れ始め、肩が凝ったので伸びをする。
これが終われば最後のアイテムが手に入るのよね。
「お疲れ様。案外早かった――」
ガンガンガン!
「えっ!?ちょっ、なになになにっ!?」
部屋の奥から音がして廊下に出ると、音の主は鉄玄関のドアだった。
「居るんだろう!出てこい!」
「マズい、ヤツよ!出ちゃダメ!」
「ヤツって……まさかあのストーカー!?」
どう考えても腕で殴っている音じゃない。
あれは、鉄製のもので鉄扉を殴っている音。
「まさか、さっき叫んだので、私たちが居ることが分かって……」
「サツキ、隠れていなさい!時間さえ稼げれば大丈夫だわ」
エリスさんが何を根拠にそう言ったのかは分からないけれど、ひとまず押し入れの奥に隠れる私。
あっ……押し入れに入ってから気付いたけれど、ゲームの電源切ってない!?
戻ろうとした時、ガシャンと大きな音が鳴って、外の空気が抜ける音がした。
待って待って待って待って!
ドアこじ開けられたの!?
「お前のせいで……お前のせいで……」
低い声……思い出すのも嫌になるあの時の男の声だ。
前回は人目があったけれど、今は自宅。
エリスさん以外に見ている人は誰もいない。
「邪魔者……殺してやる」
「私が相手よ!」
「あの女を出せ!」
「くっ、こんのっ!あっ、ちょっと!」
えっ、もしかしてあのエリスさんが苦戦してる……!?
音だけしか頼りがない中、私は音を殺して隠れていることしかできない。
胸が張り裂けそうなくらいに心臓がバクバクとしており、この音が外に漏れていないか心配になってくる。
――その時。
「……見つけた」
「!?」
嘘でしょ……!?
私の人生、こんなところで終わるの……!?
押し入れの襖が開かれて光を目にいれたとき、男は既にバールのようなものを振りかぶっていた。
自らの死を受け入れようとしたとき、後ろからピコンと音がした。
「『聖女の片道切符』を入手しました」
「えっ――」
――瞬間、私は白い世界に包まれていた。




