第668話 上戸
「大聖女様っ、飲んでる?」
「ドルシー!ソラ様の前ではしたないってば……」
「気にしないで。私、お酒は飲めないから麦茶をいただいてるよ」
溌剌とした茶髪おさげの女の子がこちらにやってきた。
敬語のないエルーちゃんなんて、とても新鮮だ。
「こちらはドルシー。私の幼馴染みです」
「ドルシーちゃん、よろしくね」
「わぁっ!ソラ様から名前を呼ばれる日が来るなんて……!」
あまり外に出ていなかったから、こういう反応を貰うのは久々だ。
「それにしても、エルーが大聖女様の専属メイドだなんて知ったときは驚いたわ」
三年生になってシエラが僕であることを公表するまでは、僕の専属メイドが誰であるかはそこから足が付いてしまうため公表されていなかった。
「エルーちゃんにはいつも助けて貰ってばかりだよ」
「ソラ様……」
「ふふん、流石エルーシア。わがこころのともよー!」
「どうしてドルシーが得意げなのよ……」
エルーちゃんに抱きつくドルシーちゃんだが、日常的にやっているらしく拒否する姿勢は見られなかった。
しかしエルーちゃんが敬語を使わないなんて、なんだか新鮮だ。
「でもよかった。エルーちゃん、普段は一歩離れてお仕事優先しちゃうから、こうして仲が良い友達がいて安心したよ」
「……ソラ様って、なんだかお母さんみたいな人ですね」
「ドルシーっ!」
せめてお父さんにしてほしい……。
領主であるライマン公爵経由でサクラさんに疫病の発生を通達していたとのことで、僕が先に西の村に着いて治してしまったのでややこしいことになってしまった。
いくら疫病とはいえ聖女を動かす許可を出すことは容易なことではないらしく、それが「やっぱり勘違いでした」などと言われれば信用を失ってしまう。
なので改めて「たまたま立ち寄った僕が浄化した」ことをライマン公爵に伝えて貰っている。
「ソラ様、お隣よろしいでしょうか?」
「は、はい」
「いつもエルーシアがお世話になっております」
「あ、もしかして……ホークスさんとテレシアさんでしょうか?」
「まあ!私共の名前をご存じで……!」
「あ……えっと、以前エルーちゃんから伺っていたんです。エルーちゃんが聖女院の専属メイドになれたのも、お二人がマナーやお勉強の支援をしてくれたからだって……」
記憶の1/3を共有したことは流石に言えないので、どうにか誤魔化す。
「エルーシアが、そこまで身の上話をするなんて……」
「エルーシア、ソラ様のことをとても信頼しているのね」
……意図せず知ってしまっただなんて、とてもじゃないけど言えなくなってしまった。
「もう、おとーさん、おかーさんっ!はずかしいからっ!」
「わ、エルーちゃん!?」
「うぅ……」
お酒くさっ!?
隣でにやけているドルシーちゃんを見て、明らかにこの子の仕業だということは分かった。
そういえばエルーちゃんが酔ってるところは初めて見たけど、なんだかいつもより大胆な気がする。
「うっ、うぅっ……」
「エルーちゃん!?どうしたの?」
「わたしなんて、わたしなんて……」
まさかの泣き上戸……!?
こうして弱っている姿なんて普段見せないから、いじらしくて可愛いと思ってしまう。
「エルーちゃんがとっても頑張りやさんなことは、わたしがよく知っているよ」
「でも、わたしばかり……。そらさまはわたしのすべてをおすくいくださるのに、わたしはなにもかえせていないのです……」
悲しそうな顔が見ていられなくて、思わず抱き締めてしまう。
「そんなことないよ、エルーちゃん」
むしろ僕が何度も命を救われたのは、エルーちゃんのおかげなのに。
僕も他人のこと言えないけれど、自己評価があまりにも低すぎる。
いや、それは主である僕が低いからこそなのかもしれない。
「ごめんね、エルーちゃ……」
「……」
あ、寝ちゃった……。
「エルーシアが、すみません……」
「いえ、甘えてくれることなんて一度もなかったので、ちょっと嬉しいんです」
エルーちゃんが抱きついてしまったので、そのままおぶってエルーちゃんの実家まで送る。
「左様でございますか。お部屋は隣をお使いください」
「ありがとうございます」
「では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
お二人に挨拶して、エルーちゃんの部屋に入る。
荷物はあまりないようで、本棚と机とベッドがあるだけだった。
「下ろすよ」
「んんっ……」
「わわっ!?」
離そうとしたら、そのまま抱きついて離れてくれず、僕も一緒にベッドに連れ込まれてしまう。
そのまま僕は押し倒されて、エルーちゃんは抱きついたまま覆い被さってきたのだ。
「えっ……ちょっ……!?」
寝相悪いとかそういう次元じゃない。
「まさか、私……またこのまま寝るの……!?」
悶々とした夜はゆっくりと更けていくのだった。




