第666話 黄金
「これまでは学園のことや緊急を要する出来事のせいで後回しになっておりましたが、ソラ様は休まなさすぎです。折角の夏季休暇なのですから、しばらくお休みください。エルーシアも有給休暇を取得しなさすぎです。しばらく休暇を取るように」
シスカさんからそう告げられ、僕達二人は一週間ほど暇を出されてしまった。
熱も翌日には治っており、やりたいことはあったけれど、聖女院のどこに行っても「仕事はさせません」と門前払いされてしまった。
なにもするなと言われると、それはそれで困るんだよね……。
「エルーちゃんはお休みの間どう過ごすの?」
「折角長期のお休みですから、帰省しようと思います」
エルーちゃんの故郷である聖国西の村のことだ。
「ねぇ、エルーちゃん。その帰省、ついていってもいい?――」
教皇龍便に乗っていけば、ものの20分で着く距離だ。
「乗り合い馬車で三時間はかかりますのに……」
「使えるものは使わないと、勿体ないよ」
「神獣様を乗り物扱いなさらないでください……」
「でも、使わないとハープちゃん怒るし……」
「それに病み上がりなのですから。またお風邪を召してしまわれます」
そう言いながら健気にも僕を暖めようと抱き締めてくれる。
温かみとともにふにゅりと柔らかい感触が僕の背中を包んでくる。
「あっ、主!あ、当たってるぞ!」
「ちょっ、ハープちゃん!?」
「あっ……」
収まりきらなかった何かの存在を感じ取ったハープちゃんに指摘を受けると、エルーちゃんもなんのことだか分かってしまったらしい。
けれど顔を真っ赤にしながらも初志貫徹とばかりに抱きつく力は更に強くなり、更に酷いことになってしまったため諦めてリカバーの魔法で鎮めた。
「わぁ、すごい……」
まだ収穫していなかった麦畑が一面に見える。
すごい、本当に金色に輝いて見えるんだ。
「第29代聖女の東城秋様が『黄金の丘』とご命名くださったここは昔から、ライマン公爵家の専属領地なんです」
「ってことは、ノエルさんとは以前から?」
「はい。年に一回いらっしゃるんです。ただの平民だった私が聖女院のメイドになれたのも、ライマン公爵様のおかげなんです」
東城さんが命名した後も他複数の聖女から好評だったこの地は、『聖女を癒す絶景スポット』となったそうな。
言ってしまえば、この村全体が一つの文化遺産になったようなものなのだろう。
この景観を守ることがライマン家にとっての使命であり、だからこそ公爵家の専属領地として先祖代々守ってきたのだという。
具体的な施策としてはこの村は景観を保つことを約束として比較的税金を優遇しているのだそうだ。
「上から見るだけでもすごいや」
「我もここは好きだ」
「お気に召していただけて、私のことのように嬉しいです」
「ん?あれ?でも……」
「いかがなさいましたか?」
「人、いなくない……?」




