第665話 信頼
「脅すようで申し訳ありませんが、夏休みのうちに早くした方がよろしいですわよ。学内の規律を一番乱しているのが聖徒会長だなんて、そんな話笑えませんもの」
まあ、女装男子でも既に乱しているけどね……。
『――天、あなた好きな人でもできたの?』
『い、いや、そんなんじゃないよ……』
懐かしい夢を見た。
『あのね、奏君……もう、私と関わるのやめてくれないかな』
『えっ……?』
『いろんな人が奏君と私の噂して、ちょっと困ってるの』
『う、うん……ごめんなさい』
ちょっと気になっているくらいの人だった。
誰にでも優しいから、思わず勘違いしてしまっただけ。
『あーあ、可哀想。あの子、あなたのせいで人生狂わされちゃったわねぇ』
『そ、そんな……』
『生意気な天。でもね、あなたは幸せになってはいけないの。世界がそう決めたのだから』
頬を伝う涙のせいで目が覚める。
「おはようございます。あの、また魘されていたみたいですが、大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね、えるーちゃ……」
「……!失礼します」
「ひゃっ」
エルーちゃんの小さな手が僕の額に乗ると、ちょっと冷たさを感じた。
「お熱がございますね」
「いつもごめんね」
「お気になさらないでください。夏休みにも入ったのですから、本日はゆっくりとお休みください」
ぱたんと扉が閉められ、僕一人になる。
静かだ。
体調が悪くなると、不安な気持ちが強くなるというのは本当にそうだと思う。
この静寂さが、逆に僕を不安にさせていく。
想い人のことで考えなきゃいけないのに、夢のせいか全てが失敗する未来が浮かんでは消えていく。
やっぱり僕には恋愛なんてまだ早いのだろうか。
姉のいう通り、僕が好きになった人は不幸になるのだろうか。
初恋というのかも定かではない僕の記憶が、僕の恋愛という概念を拗らせていた。
「でも、まえにすすまないと……」
この状況を長く続けるだけで、民の皆さんに多大な迷惑をかけてしまう。
だからこれを早く治して、前を向く必要がある。
もしかするとこの熱は、考えすぎによる知恵熱なのだろうか?
ノックの音がしてエルーちゃんが帰ってきた。
「どうぞ」
「失礼します。お食事とお薬をお持ちいたしました」
「ありがとう」
「あの、もっと寄りかかってくださいね」
「えっ?」
「私たち民はいつも聖女様に寄りかかって生き永らえております。ですからソラ様がお辛い時くらい、寄りかかっていただきたいのです。もっと甘えてくださいませ」
「でも、ただでさえめいわくかけてるのに……」
「私たち民は皆、ソラ様がどうお考えになって、どのようにお心を痛め、私たちをお救いくださったのか存じております。ご自身のことを後回しになさってまで皆様のことをお守りくださるそのお人柄を、よく分かっております。そんなソラ様のことを、信頼しております」
「しんらい……」
「私は……私たちは、どのような結果になろうとも、ソラ様のことを受け入れます」
その言葉は、途中から民の意見なのかエルーちゃん本人の気持ちなのか、よく分からなくなっていた。




