第658話 離席
「まって、離れないで……」
「だ、旦那様……?」
僕はシルヴィアさんを引き留めようと羽を引っ張る。
「ひゃあっ!?」
「わ、わわわっ……!」
加減がわからずに思わず思い切り引っ張ってしまったようで、僕はシルヴィアさんをベッドに引きずり込んだようになってしまう。
「いたた……っ!?」
「だ、んなさま……」
そこからふたりして転げ回り、気づいたときには、僕はシルヴィアさんの上に覆い被さっていた。
「なにを……」
「ひゃっ……あ、でも丁度良いかも……。シルヴィアさん、怪我、しているでしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
「僕がつけちゃったんですから。痛かったでしたよね?」
「これくらい、死ぬことに比べればなんともありません」
そうだよね、シルヴィアさんはエリス様の力で再生できるとはいえ、伴った痛みがなくなるわけではないんだ。
「駄目です!治しますから……ヒール」
そうしてヒールをかけるたとき、思わぬことが起きた。
「あ、あれっ……?」
シルヴィアさんの傷が、治らない?
「ど、どうして……?」
「あ、あぁ……。この身体は神体でできておりますので、体力は回復魔法で治りますが、外傷は治らないんです」
「そ、そんな……!?じゃあ、どうすれば治るんですか?」
「神体は神術……つまり神力でしか治りません。人の身体が水や魔力で溢れているように、私の身体は神力で構成されているのです」
傷が治らないということは、その間外傷によるダメージがずっと続くということだ。
擦り傷とはいえ自然回復を阻害するくらいのことは起きる。
「あれ?でも、エリス様なら治せるんですよね?」
「……」
「もしかしてエリス様、今見ていないんでしょうか?」
「……」
……ん?
なんか僕、いけないこと聞いた?
「……主は今、席をはずしておられます」
そんな、トイレじゃないんだから……。
いや神様って、トイレ行くのかな……?
「離席……?帰ってくるのはどれくらいですか?」
「……しばらく、二週間は戻って来ておりません」
「えっ……?そんなに?」
降神憑依ならシルヴィアさんと一緒にいないとおかしいし、そもそもシルヴィアさんとエリス様は心が同期しているから、外傷や心に不調があればお互いに気づいて何かしらアクションを取るはず。
それがないということは……。
「もしかしてエリス様、前世に行ってるんですか!?」
「……主、すみません。旦那様に嘘はつけませんでした……」
「あ、やっぱり聞いてはまずかったんですね。すみません。あとで僕から謝るので……えと、シルヴィアさんのせいではないですからね!」
「お気遣いまで……」
「でも、どうして地球に?」
「マコト様の時と同じでございます」
「ま、まさかっ……!?」
「はい。次の聖女候補様のお命が危ういため、主御本人が動いておられます」




