第657話 暴走
「ううぅ……」
「奥方様……どうか、どうかお鎮まりください」
いつの間にか後ろにいたシルヴィアさんが僕を抱き締めていた。
暴発した魔力はシルヴィアさんの体を蝕んでいた。
「「師匠っ!」」
ソフィア女王とサンドラ女王も僕の両手を取ったところで、僕は歩みを止めた。
「師匠、お怒りはごもっともでございます。ですが、きちんとした報いは受けさせるつもりですので、ここは私達にお任せいただけませんか?」
「だから師匠、お願いっ!私達を、信じて……!」
「しん、じる……?」
そうだ、僕は他人を信じていないって、リリエラさんにそう言われたじゃないか。
「信じ……られるんですか?」
「「「くぅっ……!?」」」
取り押さえていた三人ともが、魔力の物量的な圧力に押されて膝を付いていた。
「だって『ヒト』は、平気で私を裏切るじゃないですか」
「っ……!」
負の感情が、どんどん魔力に変わっていく。
そんな感覚だった。
「私が裏切ったら、師匠が殺してくださいっ!!」
「えっ……」
「私も一緒に死ぬわ!私は、逃げも隠れもしない!」
死……。
それを聞いて、リタさんの姿を思い浮かべた僕は、しゅんと魔力が引いていくのを感じた。
「わ、わたし……ごめっ……」
「大丈夫です、奥方様。大丈夫ですから……」
聖国のことは女王達に任せて、僕はシルヴィアさんに聖女院の自室までお姫様抱っこで運ばれた。
「他の聖女は魔力暴走なんてしないのに、僕は未熟者ですね……」
「そんなことございません!魔力暴走する聖女様は魔力のステータスが最大になっている聖女様でないと起きにくいだけです」
カンストステータスが仇となっているのか。
「それにサクラ様も暴走したことはございますよ」
「えっ……?」
「魔王襲来の時です。旦那様が助けてくださる前、暴走していらっしゃいました」
「ど、どうして……」
「サクラ様がお隠れになれば、お腹の中にいた真桜様まで死産となってしまいました。ですからなんとしても生き抜こうとした結果、魔力暴走でなんとか体力の再生をし、命を繋ぎ止めておられました。『暴走』とは呼ばれていますが、本来魔力暴走は聖女様をお助けするための措置でもあるのですよ」
「そうだったんですね……」
「ですからあの時は、どのみち神薬でないとサクラ様は助かっていなかったのです」
「……」
「それに、真桜様も狂戦士を前に一度そうなってますよ」
「えっ?でもあの時は……」
「魔力のステータスが上がりきっていなかったから自力でお鎮めになることができたのです」
魔力暴走していたのは、僕だけではなかったらしい。
でも頻繁になることは体に負担がかかるのは事実なので、歴代聖女は死ぬ前の最終手段としてしか使わなかったそうだ。
「と、ところでその……」
「?」
「いつまで僕は抱き締められていれば……?」
「す、すみませんっ!!」
相変わらず顔が真っ赤だ。




