第656話 密輸
「おかえりなさいませ、ソラ様」
「先日から行ったり来たりしててすみません……」
「いえ。今度はどちらに?」
「えと、南の……」
「んっ、ソラ様っ……」
「ひぃやぁぁあんっ!?」
耳元でねっとりとした大人の女性の声が聞こえてきて思わず崩れ落ちる僕。
「ちょっ!?杏さんっ!?」
「あら、ふふ。私でもまだ興奮してくださるのですね」
「夫の居る前で堂々と浮気しないでくださいよ……」
「もう旦那とは枯れているので問題ありませんよ」
いや、ヴァンさんが不憫すぎて仕方ないんだよ……。
これを逮捕できる法がないの、もうずるいと思うんだ。
「おい、まさか最後にしたのいつか忘れたのか?」
「うるさいですね。昨日に決まっているでしょう」
「昨日て……」
それで忘れていたら病気疑うでしょ。
そもそも倦怠期ですらないじゃん。
いちゃいちゃしたいのか浮気したいのかどっちなんだ……。
「夫婦喧嘩はよろしいですから、報告したらどうですか?」
ルークさんが怒ってるの珍しい……。
「ソラ様、奴らを捕らえました」
「なっ!?それを早く言ってくださいよっ!どこに居ますかっ!?」
「ご案内いたします」
「既に聖国王城の牢獄に入れられております。もう拷問済みです」
「……なるほど、それで、誰の仕業でしたか?」
「それは女王からお聞きください」
「ソラ様!?」
「ソフィア女王!」
「……ソラ様、賊が捕まりました。……ドライ公爵家でした。彼らは南の国から聖国に奴隷を密輸するルートとして関所の人間を買収していたのです」
……最悪の結果になってしまった。
聖国のドライ公爵家は借金を何とかするために奴隷商人の紛い事をしていたらしい。
南の国から弱い冒険者や子供を誘拐しては、他国に売り捌いていたとのこと。
そしてそれを買い取っていたのが北の国のバルトログ・ドラグ伯爵。
彼らは貴族として子供を成すための女性を買っていたのだろう。
いくらお金に困っているからといえ、この国では人身売買など、売るのも買うのも普通に犯罪だ。
「そんな……ことの……せいで……!」
親友が、悲しい想いをしなければならなかったのか。
「そんな、ことのせいで……!!」
ノアちゃんがお家のことを心配しなければならなかったのか。
「そんなっ……ことのせいでっ!!!」
南の国と聖国間の関所の警備が甘くなって、リッチが国境を跨いで逃げた。
「師匠……!お止めくださいっ!?」
「許さない……」
僕は静かに、気持ちを溢れさせていた。




