第64話 決意
ある日の夜。
いつものようにエルーちゃんが自分の部屋に戻り就寝の準備をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ!」
身なりをただしてそう言う。
こんな時間に、誰だろう……?
「失礼します……」
やってきたのは、パジャマ姿のシェリルさんだった。
「シェリルさん。どうかしましたか?」
「あの……」
なにやら煮え切らない様子。
「相談でしたら気軽にしても大丈夫ですよ。シェリルさんはぼ……私の養子ですし、私はシェリルさんを友人だと思っておりますから」
「ソラ様……」
パジャマだと自然と「僕」って言っちゃうから、本当に気を付けないとな……。
「あの、実は先日ライラ様に提案されまして……聖徒会の皆様が聖女祭で行う演劇の脚本を書くことになりまして……」
「えっ……そうなんですか!?」
詳しく聞いてみると、図書室で脚本に悩んでいたソフィア会長とライラ様に助言を求められ、いくつか案を出してみたところ脚本を書いてみないかと打診されたそうな。
意外な才能に僕も驚いたが、これも日々読書をしているシェリルさんならではということなのだろう。
「私……本を読むことくらいしか取り柄がありませんでしたが、これを生かせるのなら、やってみたいと思うんです……!」
「なるほど。シェリルさんも前に進んでいるということですね。私は何か出来るわけではありませんが、応援していますよ。」
「ソラ様……ありがとうございます。それで、お願いがございまして……」
「お願い……?」
「は、はい。その劇は聖国物語を題材に別のお話を書くことになったんです……」
聖国物語って確か聖国誕生の時の史実をもとにした、有名な物語だったかな?
聖女史の授業ではまだ習ってないから、具体的な内容は知らないけど……。
「その物語では第64代聖女さまのロサリン・ローデス様が主役となるのですが、それをソラ様に置き換えて脚本を書きたいなと……。それで……許可をいただけないでしょうか……?」
自分が演劇の主人公……!?
「……構いませんよ」
「よ、よろしいのですか?」
「しょ、正直恥ずかしいですが……。先程言ったように、前に進もうとしているシェリルさんを止めるようなことはしたくないですから……」
「ソラ様……!」
ほっと安堵するシェリルさん。
「……断られると思ったんですか?」
「い、いえ……。ただ、ソラ様は演劇が苦手とお聞きしていたので……」
それは二人とも大分説明を端折りすぎじゃないかな……?
「演劇にトラウマがあるだけで、演劇自体は嫌いではありませんよ……」
「そ、そうなのですか……?」
いや、僕も聖徒会の皆さんに説明を端折ったからお互い様か……。
「むしろ家族の調教のせいで、人前で演技することには慣れていますし……」
姉や母に散々とコスプレでシチュエーション動画を撮影されたからね……。
「演技が下手だと罵声と手が両方出る人達でしたからね……」
「お、お辛いことを思い出させてしまい、申し訳ありません……」
「いいんですよ。もう過ぎたことですし……。それに、僕ももう、このトラウマを克服しようかなと思っていましたから……」
「ぼ……!?」
「あっ……」
またやってしまった……。
でも、養子にしちゃったんだし、バレるのは時間の問題か……。
「ご、ごめんなさい……。今まで隠していたけど……本当は、一人称は『僕』……なんです。いつも『私』にしているのは演技だったんです……」
「そ、そうだったのですね……。気が付きませんでした……」
真実を打ち明ける度に嘘が増えている気がするんだけど……。
「ギャップがあって、とても可愛らしいと思いますよ……?別に隠さなくても……」
「は、恥ずかしいですから……」
「そういうところも、可愛らしいです」
ずいっと寄ってきたシェリルさんに、思わず後ずさってしまう。
「あっ……」
ちょっと拒否されたように感じたのか、残念がるシェリルさん。
う……。
一応養子だし、たまには親っぽいことをしたほうがいいのかな……?
恥じらいを隠すように、僕はシェリルさんの頭を撫でた。
「一緒に、頑張りましょうね」
「はいっ!」