第648話 人工
――――ある日のこと。
『こんにちは、エレノアさん、アンネ室長』
『あっ……!?』
僕が来た瞬間に、あからさまに何かを隠した二人に、怪訝な顔をする。
『……何をしていたんですか?』
『もう隠していても、仕方ないだろう』
『……?』
『これは今研究中の、人工子宮だよ』
『じ、じんこう……しきゅう?』
確か向こうの世界では、サメとかでそういうのがあったと思うけど……。
『この世界では排卵した卵子を魔法で精子に変える技術がある。だからこそ女性同士でも妊娠することができることは知っているね?』
そうやって生まれたのが第97代聖女ジーナさんと専属メイドのディアナさんの子である、サンドラ第二女王だ。
『だから現在男女と女性同士は子供を作れるが、男同士では子を生めない。勿論精子を卵に変えることは可能だが……』
『受精後に育てる環境が、男性同士だとない、ということですか……』
人工受精による托卵からの養子という方法がなくはないけど、それも実の子というわけではなくなってしまうし、何より第三者の女性に頼る必要がある関係で他と比べてハードルが高すぎる。
『なるほど。そう言われると、不平等……なのかもしれませんね』
『人工子宮は、それを解決するための策の一つだ。だが、こいつはそれだけじゃない』
『……?』
『例えば、異種族間で子を成したいときだ。胎生の人種族と卵生の魚人族で子を成すには、どちらかに合わせる必要がある。だがどちらに合わせても「育てる環境」というものがつきまとってくる』
『確かに……』
人の子宮の中に入れたとしても栄養の与えかたや水がなくて大丈夫なのか分からない。
もし卵生にしたとして、半分人間の血を受け継いでいる半魚人種に子宮がなくて死産にならないかも分からない。
『だが人工子宮なら両種族にとって最適な子育て空間さえ形成できれば、子を成すことができるというわけさ』
『へぇ……すごい研究ですねぇ……』
前世ではとても倫理的に難しい研究だろうけど、ファンタジー種族がいるこの世界では、そういった種族間で愛し合うことが多くある。
だけどエレノアさんが言ったようにお互いの種族で『育てる環境』が作れないないから、子を成すことを断念する恋愛もこれまでたくさんあったという。
だからこその需要なのだろう。
『何部外者ぶってるんだ?キミだって、立派な当事者だろう?』
『へ……?』
『まさか君がこよなく愛す小人族の女性と子を成すのに、小人族の子宮を潰す気なのかい……?』
『ちょっ……!?』
僕に向かってぼそりと呟いたエレノアさんの言葉に、僕は唖然とした。
僕のロリコン疑惑、まだ続いてるのっ!?
『つまりこれが実用化すれば、小人族と男性でも子を成せるってことだ。実にソラ君向けじゃないか』
『わ、私はっ!!ロリコンじゃありませんからぁっ!!!!――――』
――――違ったんだ。
……何もかも。
僕のためとか言っていた、あのときの会話のエレノアさんの動機全てが嘘だった。
あの研究は、他ならぬエレノアさん自身が出していたSOSサインだったのだ。
僕たちはクラフト研究室員含めて、そのことに誰も気付いていなかった。
彼女は、自分が竜人族との子供を作って死なないために、人工子宮の研究をしていたんだ。
「行かなくちゃ……」
僕は、すでに口よりも先に足が動いていた。




