閑話173 夢の中
【橘涼花視点】
「リ、リタさんが、死んだ……!?」
ソラ様の綺麗な瞳が暗くなる。
人の死を目の当たりにするのは、彼は初めてだったのかもしれない。
だが返ってきたのは、予想とは違う言葉だった。
「私の、せいで……」
「ソラ君、キミのせいじゃない。だから、キミが涙する必要はないんだ」
エレノア様がソラ様を優しく抱き締める。
「うっ、ぐすっ……。でも……」
エルーシア君がいない今、真にソラ様の気持ちを分かって差し上げられるのは私だけなのかもしれない。
そう思ったとき、咄嗟に身体が動いていた。
「大丈夫。あなたの悲しみは、私が一緒に背負うから」
「うぅ……うわあぁん……!!」
その日、私は久しぶりに夢を見た。
『天!そこで何やってるの!?』
『ご、ごめんなさい、お母さん』
『あんたの一分一秒、時間がもったいないじゃないの!早く稼いできなさい。私はね、次はこのサファイアのネックレスがほしいのよ。さ、準備なさい。……いいわね?』
『天!!早く来なさい!』
『い、今行くからっ!』
理不尽な母親と姉。
彼女達が彼に求めるのは、お金だけ。
まるで愛情こそ価値のあるものだと教えてくれた私の家庭に、お金以外は無価値だと説教をされているような気分だった。
『遅い』
『ご、ごめんなさ……』
『今日は足にしようかしら』
『いたい、いたいよ、やめてっ!』
『ごめんなさいは?』
『ご、ごめんなさい、おねえちゃん』
『許すわけないでしょう?時間が無駄になったのだから、その分切れ込みをいれるわ』
『うぅっ……』
「っ……」
カッターの刃が皮膚に当たる光景も見ていたくないのに、その先もどんどんと見せつけられてしまう。
『次遅れたら、これの倍ね』
「はっ!はぁ……。夢、か……」
これはソラ様の記憶の一部。
私はその1/3を、この身に貰った。
あんな光景を、一体どれ程受けていたのだろう?
愛した相手が救えるわけでもなくただ辛い目に遭っているのを見るだけの夢は、正直相当こたえる。
「はぁ、顔を洗うか……」
顔を洗い終えた頃に、隣から声が漏れていた。
「うぅんっ……」
最初はソラ様が如何わしいことをしているのかと思ってしまった。
「ぐっ、ぐるじ……」
「っ……!?」
漏れていた声に違和感を覚えてソラ様の宿泊した部屋の扉を開けると、首を押さえて自ら締め付けていたのだ。
「ソラ様、やめるんだ!」
「ぅぅう゛う゛っ……」
首から手を離そうとするが、すさまじいステータスの力だけでなく、無意識に魔力で身体強化をするほどだった。
「はぁ、はぁっ、エリス様、どうかソラ様に安寧の眠りを……!」
私では夢を操ることは叶わず、せいぜい全身全霊をもってそれを止め、神頼みするしかなかった。
その時、私の想いが届いたのかソラ様は急に起き上がった。
「い、いやぁ……っ!!!……はぁっ!?はぁーっ、はぁーっ、はぁっ、はっ……」
これがエルーシア君が言っていた、ソラ様の悪夢か……。
最近は私たちが記憶を肩代わりしたお陰で回数が減ってきたとは聞いていたが、これで軽くなったなんて、本当なのか?
もはやこれは呪いのようだ。
「おはよう、ソラ様」
「はぁっ……りょうかさん?」
私は先程の取っ組み合いを覚られぬよう、ソラ様に笑顔を笑顔を向けた。
たとえ寝覚めが悪くても、せめて起きたあとだけは良いものにして差し上げようと。
だが起きて私がそばに居たことで、すぐに御自身が悪夢を見たことに気付いたようで、私を巻き込んだことに悲しそうな顔をしていた。
私はそれが堪えられず、思わず思い切り抱き締めてしまった。
「ソラ様、私達はお互いに恥ずかしいところも全てさらけ出した仲だ。私はあなたと恋仲にはなれずとも、それを分かち合うことはできる。もう隠し合う必要なんて、何もないんだ」
私が泣いても良いと言うと、彼は私と一緒に泣いてくれた。
「うぁ……うぅ……ごめん、なさいっ……。りたさん、ごめ、なさいぃいぃっ!!」




