第647話 立場
「そんな……っ!?じゃあエレノアさんは、死ぬためにドラグ伯爵の婚約者になったんですかっ!?」
「バルトログ・ドラグ現伯爵は自らの父であるカイザー伯が殺されたことをお姉様の婚約で手を打とうと言っております。勿論バルトログ伯も表だって死を持って償えと申しているわけではありませんが、貴族である以上子供を作ることは使命ですから、必然的でしょう」
「ひ、ひどい……」
「お、王家は、どうしてそれを呑んだんですか!?」
「ソ、ソラ様……い、痛いです……」
「あっ、すみません……」
親友のことに思わず感情的になってしまい、僕はいつの間にかアイヴィ王女の肩を強く掴んでしまっていた。
「実は、お姉様もフィストリア貴族からは忌み嫌われているのです。未だにリタおばさまの実の子だと嘯く輩も多いですし、王家としての役割を放棄していると言う貴族も多くいます」
「エレノアさんだって、きちんと両立しているのに……」
「我々親衛隊もそうだが、そもそも聖女院従事者は国としての仕事と天秤にかけた時に何よりも優先されるべき事だ。王家としての実務を優先とすべきなどという考えは、聖女様、ひいては女神エリス様に背く考えをしていると言われてもおかしくないだろう?」
「ですがお姉様は現在王家に居ながら聖女院のお手伝いをしている状態です。本来聖女院は政治を持ち込んではいけない神聖な場所。そんな場所に二足の草鞋で入り込む事への批判の声も大きくなってしまっているようなのです」
「む、それは痛い話だな……」
僕が信頼しているからと秘書見習いをお願いしているリリエラさんでも、聖女院では反感の声もあった。
それでも容認されているのは、リリエラさんが出家……もといマクラレンの名字を捨てることをルークさんとの婚約によって確約しているからだ。
対してエレノアさんは、今までそのような約束事もなく聖女院クラフト研究室員となっていた。
でもそれもそのはずで、彼女が研究室員の就職が決まったときにはまだエレノアさん自身がフィストリア王家の生まれであることも、その上アレクシア女王の実の娘であることも、公に……いや王家本人達でさえも知らなかったのだ。
だからエレノアさんにとってすれば、「早く王家なんて辞めたい」と言ってしまうのも無理はなかった。
まさかエレノアさんが、命を差し出す覚悟で居たなんて……。
僕には命を削ることを注意したのに、自分のことは全然相談してくれないんたから。
アイヴィ王女は腰を下げると、平手を地面につけ、およそ西洋とは思えない土下座をした。
「ソラ様。もし、もし叶うことならば……私の大切なお姉様を、助けてはいただけませんでしょうか……!」




