閑話18 導火線
【??視点】
今日は雪が降っていた。
私は高校が決まり、家に閉じ籠っていた。
同じ中学だった天先輩も、向こうが高校にあがって男子校に入って、会うことはおろか見ることも叶わなくなった。
だけどある日、偶然SNSで知り合った『エリちゃん』という人に、彼女の推しを紹介して貰ったとき、私はついに見付けてしまった。
『そらいろちゃんねる』はとある動画投稿サイトの人気チャンネルで、そこでは天先輩のお姉さんやお母さんが天先輩に女装のコスプレをさせ、色々なシチュエーションコスプレを楽しめる。
天先輩は中学時代、私のようにいじめられながらもみんなに希望を与えられる、アイドルのような存在だった。
男子校に進んだという話はチャンネルでもしていた。
それが、突如行方不明になってしまったという。
いなくなってからお姉さん達が必死に捜索願を出してSNS等で探していたのだが、お姉さんの『金蔓』というSNS発言が原因でファンが激怒。
ネット民によりチャンネルの投げ銭が天先輩に一銭も払われていないことが分かり、更には家ではいつも虐待を受けていたことや、進学した男子高校でもいじめが発覚。
結局天先輩は見つからないまま、『そらいろちゃんねる』は不祥事が重なり閉鎖となった。
ついにネットでも会えなくなってしまい、どこか遠いところに行ってしまった気がした。
こんなに長く捜索していて見つからないなんて、現代ではあり得ない。
だから私には『死』という一文字が頭にこびりついて、離れてくれなかった。
天先輩は、私の生きる希望だった。
そして天先輩に生きる希望を教えてもらった。
その天先輩が生きることを諦めた世界なら、私ももう諦めた方がいいのかもしれない――
「あなたにお客さんよ!」
突如義母がドンドンと私の部屋のドアを叩く。
お父さんが再婚して初めは私に優しかった義母も、学校でいじめられて何度も先生に呼び出されているうちに嫌気がさしてきていたのが見ていてわかった。
玄関の扉を開けると、雪が降り注ぐ中、白百合の花のようなお洒落な形の傘を差した白髪の美人な女性が玄関に佇んでいた。
誰だろう?
「こっちは寒いわね……。着てくる服を間違えた気がするわ……」
こっちということは、どこか海外の人だろうか?
白髪の見た目は、確かに海外の人という印象を受ける。
でもその割にはまるで母国語のように流暢な日本語を喋っている。
私にこんな美人の知り合いはいない。
しかし、次の一言で私の興味は全て持っていかれた。
「ソラ君に、会いたい?」
「えっ!?」
どうして、ここで天先輩の話が出てくるのか、私には分からなかった。
「貴女も私も、ソラ君は憧れ……。それで分かるかしら?」
私は頷く。
この人は、私やエリちゃんと同じ、いわば同志ということなのだろう。
美人の女性は私に近づくと、箱の形をした何かを私に渡してきた。
これは……ゲームだろうか?
「それは、ソラ君がハマっていたゲームよ」
好きなゲームまで知っているということは、やはり身内の方なのだろうか。
可愛らしい天先輩とは正反対であるこの美人な女性が、いじめから天先輩の身を守るように匿っているのだろうか。
「そのゲームを極めて全アイテムをコンプリートしてみせたら、ソラ君に会わせてあげる。そうね……来年の春までにコンプしてみせなさい!」
女性は、付け加えるようにこう言った。
「早くしないと、あなたが胸の内に秘めているそれを伝える前に、ソラ君がこの世からいなくなっちゃうわよ?」
「ど、どうしてそれを……!?」
今まで、誰にも言ったことがなかったのに。
「でも、私には……」
「『それを伝える資格はありません』かしら?」
この人は何でもお見通しなのだろうか?
私は怖くなるとともに、現実離れした見た目に思わずこの人のことを人間ではない何かのように感じてしまった。
「貴女、ソラ君に会ってあのときのことを謝りたいのでしょう?」
「…………」
ここが、私のターニングポイントなのだろうか。
「……答えは?」
「やります……!」
今までにない力強さでそう言い放った。
「……よく言ったわ。私の名はエリス。覚えておいてね」
そう言うと彼女は踵を返し、傘で表情がわからなくなる。
「貴女は私の言葉よりソラ君の言葉の方が響くはずだからあえて言うけど、ソラ君のモットーは『勉強は裏切らない』だから。春まで勉強もしっかりね」
釘を刺すように逃げていた学校の話もされる。
本当に何でも知っている……。
「わ、私の名前は……」
そう言ったとき、吹雪が吹き荒れて私の視界を奪い、それが止むとエリスさんと名乗る女性はいなくなっていた。
<名乗らなくたって、貴女の名前くらい知ってるわよ、リン>
姿は見えないが、どこからかエリスさんの声が反響してきて、また吹雪が吹き荒れた。
寒さに負け、私は家の中に入った。
エリスさんに貰ったゲームの表紙をまじまじと見る。
「EVER SAINT FANTASY……。これが……天先輩のやっていたゲーム……」