第645話 客間
魔物は倒してもなんの感情も抱かなかったのに、人だとどうしてダメなのか。
僕は転生してから今の今まで、やはりゲームの中にいるような感覚だったのかもしれない。
そして僕にとって一番怖かったものは、人だったのだ。
人って自分と同じ見た目をしているのに、何考えているか分かりそうで分からない。
エルーちゃんや涼花さんのような幸せな家庭を知った今なら分かるけれど、それは僕の家庭環境が影響していたのだと思う。
僕は姉のことを気まぐれで意見を変える人だと思っていたけれど、彼女は一貫してただ僕をいじめたかっただけだったんだろう。
でもそのせいで僕は「ヒトって何考えているのか」が分からなくなってしまった。
一番怖い「ヒト」は、自分とは違う存在だと思うことで自分を正当化してきたのかもしれない。
でも僕のせいで、人が亡くなった。
その瞬間、僕はその悪い「ヒト」の仲間入りをしてしまったのだと思った。
だから今回は、それが引き金になって感情があふれてしまった。
「涼花さん、ごめんなさい。こんなに汚してしまって……」
「ソラ様の出す涙に汚いものなんて何もないさ。それにこれは、役得というものだ」
「もう、涼花さんったら……」
そういうのは、どちらかというと男の僕の台詞でしょうに……。
「おはようござ……あら?まあ!お邪魔でしたか?」
扉が開いていたのか、そこにはアイヴィ王女と柊さんがいた。
「あっ……」
今僕は、涼花さんの胸に飛び込んで泣いていた。
つまり……。
「っ!?」
慌てて距離を離そうとするも、涼花さんは逆に僕を抱きしめる力を強めた。
「むーっ!?」
「まぁ!ダイタン……!?」
「ま、私はソラ様に求婚中だからね」
「そ、そうなんですね……」
「それで、ソラ様に何か用か?」
「ええ、実はリン様とソラ様にお願いしたいことがございまして。長くなるので私のサロンにいらしてください」
そういえばいつもならアイヴィ王女はアレクシア女王かエレノアさんと一緒に会うことがほとんどで、こうしてアイヴィ王女だけで会うことはなかったな。
エレノアさんが天才王女と言われているけれど、彼女もまだ中等部に上がったばかりで幼いわりに利発的でしっかりした子だ。
「「わぁっ……!?」」
「なっ、これは……!?」
少し神妙な顔でアイヴィ王女が連れてきた部屋は、すごい空間だった。
「雪うさぎ!」
「それも、こんなにたくさん……!」
サロンと呼ばれた空間には、ところせましとスノーラビットが居た。
いや、これは客間と呼んでいいの……?
「ふふ、私自慢のサロンです。大切なお客様をおもてなしするときにはこちらを使いますのよ。かの有名な嶺梓様も『もふもふは正義。もふもふが嫌いな人は一人もいない』とおっしゃっていますもの」
ああ、僕の身内が、すみません……。
でも中にはアレルギーで触れない人もいるからね。
いや、もしアレルギーがこの世になかったら人類皆もふもふが好きなのかな……?
……ないとは言い切れないのは、僕もリルでその恩恵を特によく知っているからだ。
「わぁ、毛並み綺麗……!もふもふ」
「すごい、かわいい……!」
まるで雪国で降る雪のようにふわふわで真っ白な毛で、それでいて人懐っこい。
僕たちが部屋に入ってくるだけで、どんどんスノーラビットが寄ってくる。
「ふふ、スノーラビットと言いますけれど、実はあったかいんですよ。寒い環境に耐えられるように、こうやって群れておしくらまんじゅうみたいに集まってあったまるんです。人間もあったかいので、人がいると仲間と勘違いして、こうして集まってくるんです」
すごい、スノーラビット博士だ。
でも確かにこんな手のひらに収まるくらい小さくて可愛い上に人懐っこいなんて、嫌いになる要素が一つもない。
ここで政治の話とかされては、気が緩んでなんでも気安く受け入れてしまいそうだ……。
「もふ」の政治利用とは、このことか……。
「可愛いものが、かわいいものに囲まれている……!桃源郷は、ここにあったのか……!」
あっ、また涼花さんが壊れてる……。




