第641話 浮島
「なるほど、ドライ公爵家が怪しげな動きを……」
「これからフィストリア王家とのお話がありますので……あまり時間が取れなくて」
「ええ、存じております」
「ハインリヒ王家には通達をいれておきますね」
「わ、凄い!以心伝心の夫婦みたいですね」
「ルーク殿も、やるようになったな」
「も、もう!ソラ様、涼花様!茶化さないでくださいまし!」
「じゃあ、馬に蹴られないように私はこれで……」
「あ、ちょっとソラ様っ!?」
「ああそういえば、外に居た子が入り辛そうにしていたから、甘い空気を出すのは良いが、何事も程々にしておいた方がいいよ」
僕は敢えて言わなかったけれど、他の人が仕事し辛い環境になってしまうのは良くないと思った涼花さんは苦言を呈していた。
「……!!」
赤面に堪えられなくなってぼふっと茹で上がってしまったリリエラさんを尻目に、二人で執務室をあとにする。
「なんだか悪いことして指導室から逃げ出してきた子供みたいですね、私達……」
「たまにはこういうのもいいだろう?」
「ふふ、涼花さんって案外お茶目なんですね」
「ソラ様には敵わないさ」
僕、そんなに茶目っ気に溢れてはいないと思うけど……。
「き、緊張で吐きそう……」
「あらら……」
北の国に戻り、馬車に揺られながら王城に向かう道中。
落ち着きのない柊さんを見ていると、僕も最初の頃はこうだったなぁと昔の事を思い出す。
いや、王家に会って話すなんて本来、一生に一度あるかないかくらいのものなんだよ。
それを一年に何度も会うのだから、感覚が麻痺してくるのは仕方がないことだ。
まあソフィア女王とは聖徒会で二日に一回は会っていたし、親友のエレノア王女は同じ寮で毎日寝泊まりしていたから、嫌でも慣れるしかなかっただろうけど……。
「これから嫌と言うくらい会うことになるんですから、そのうち慣れますよ……」
「天先輩が、頼もしい……」
逆に僕、いつもそんなに頼りないんだ……。
フィストリア王城は都の中心部というか中心そのもの。
雪山に囲まれたフィストリアは中央にある湖を中心に栄えている国だ。
魔法が存在するファンタジー世界の雪国でも水は大事な資源。
聖女でもない限り生まれ持った属性は完全にランダムらしいので、運に左右されずに火魔法や水魔法が使えない人でも暮らせるように配慮されているのだろう。
その中心にある大きな湖の更に中心にぽつんと浮かぶ浮島に建つのが王城だ。
一応本当に浮島なのではなく、湖の底から盛り上がっているだけで陸続きになっており、僕が以前使った王城地下からとある教会に繋がるルートを行けなくはないけど、あそこは一応王家しか知らないことになっているので、緊急事態でもないのに勝手に使うのは気が引ける。
「さて、あの浮島までどうやって行くかですが、おとなしくティスを呼んで……」
「ソラ様、ここは私が」
「……ああ、その手がありましたか」
「『ムーンスタイル』」
聖弓アルテミスを取り出してそう唱えると、ケイリーさんから無色のオーラが迸る。
そして弓矢に水を纏うと、それをどんどんと集中させて大きくしていく。
パシュンと静かな音が鳴ると、矢は山なりに飛んで浮島の雪に突き刺さる。
「お見事です」
アルテミスの『ムーンスタイル』は弓矢とケイリーさんの腕を魔力で繋ぐ。
水属性を付与した弓はそのまま水属性の魔力がパスとして繋がれ、ケイリーさんの魔力をどんどん込めていくとそれが太くなっていく。
水はやがて寒さで凍りつき、まるで虹がかかったように橋が掛かった。
「ありがとうございます。さ、渡りましょう」
「だがソラ様、この後の事はどうするんだ……?」
「この後の事って……?」
考えてなかったのか……と涼花さんに少し呆れた顔をされてしまったが、よく分からなかった。
だけどそれは氷の橋を渡って半分くらいした時に判明するのだった。
「て、敵襲、敵襲ーーーッ!!」
「な、何者だッ!?」
「「あっ……」」
ケイリーさん賢い!なんて思っていたけれど。
僕たちは今、王城の目の前に、魔法矢を飛ばした。
その意味を、もう少し考えるべきだったよ……。




