閑話171 そぞろ
【エルーシア視点】
「……さん」
「……」
「エルーシアさん!」
「……は、はいっ!?」
「全くもう、あなた達は揃いも揃って、手がかかるんですから……」
「すみません、リリエラ様……」
「私に謝る必要はないわ。でも完璧メイドと思われたエルーシアさんも、こうして弱点があるのね」
「そんな、私は他の聖女院のメイドさん達に比べれば、まだまだ私なんて……」
ソラ様との初対面でとんでもない粗相をしてしまった私なんて、歴代の聖女専属メイドでも底辺中の底辺でしょう。
ああ、ソラ様。
今何をしていらっしゃるでしょうか……?
「……」
「……さん、エルーシアさん、聞いてますの!?」
「……はっ!?うぅ……すみません。気が抜けていますね……」
「リリエラさん、そう仰っては、エルーシアさんを問い詰めるみたいですわ」
「ち、違います、ノエルさん!……べ、別にいいのよ、気が抜けていても。むしろご主人様と同じく、あなた達はもっと気を抜くべきよ」
リリエラ様はお優しい方なのですが、たまにこのようなことをおっしゃるので、誤解されがちです。
とはいえSクラスの皆さまはもうほとんどが2年以上も付き合ってきた仲です。
私もそうですが、そういったリリエラ様のおっしゃることに、いちいち事を荒立てようなどと考える方はおりません。
それほどまでに信頼関係は築けています。
ソラ様は今、1年生の皆さまの遠征の付き添いとリン様の行幸のサポートで、1週間ほど寮を空けておられます。
今年の遠征は北の国フィストリア。
エレノア王女様のいらっしゃる国です。
一週間……これ程離れ離れになるのは、久しぶりのことです。
「ソラ様のほうがエルーシアさんに依存していたように思っていましたけれど、依存していたのはエルーシアさんの方もでしたのね」
気もそぞろになってしまっているのは私の落ち度ですが、それほどまでにソラ様のお世話が日常の一部として溶け込んでしまっておりました。
「私ならお世話をする相手がいない時くらい、羽を伸ばして休日を謳歌いたしますのに……」
休めと言われましても、何をすればいいのかわからなくなってしまいます。
「ただいま帰りました」
「みんな、おかえりなさい」
一年生もおらず、本日は聖徒会もなかったので2、3年生で一緒に帰ると、いつものようにフローリア様が出迎えてくださいました。
「ソラ様、お荷物を……」
「エルー。私、ソラ様じゃない」
「あ……」
目の前にいたのはソラ様ではなく、ソーニャさん。
いつも当たり前のようにソラ様とご一緒していた私は、半ば癖のように自然な動作でソラ様のお荷物を受け取ろうとしておりました。
「す、すみません……」
「いい。さみしいのは、みんな一緒」
「やっぱりソラ様がいないと、締まらないですね」
「そうですね……」
ソーニャさんやハナちゃんの言う通りです。
自室に戻ってベッドにぽふりと横になります。
いつもでしたらソラ様が自室のシャワーを浴びていらっしゃる間にお肌の手入れの準備をしたり、ベッドメイクをしたりしているのですが、本日はそれもなく。
完全にやることがなくなってしまいました。
「ソラ様……」
ああ、なぜ気がそぞろになるのか、理由がようやくわかりました。
ソラ様を精一杯お世話するのはソラ様にたくさん命を助けていただいたからでも、仕事だからでもございません。
いつの間にか仕事であったソラ様のお世話が私の趣味になり、そして生きがいになっておりました。
いなくなって初めてわかるとはこのことで、それができなくなった私は、まるでお気に入りの骨を没収されてしまった犬のように、空虚な気持ちになってしまっていたのです。
「私、寂しいです……」
その日の夜はいつものお世話もなく完全に手持無沙汰になってしまったせいか、いつもより寂しさを紛らわすのにすごく時間をかけてしまいました……。




