第636話 厭悪
序列や上下関係に重きを置くあのルージュちゃんが、それを全て無視して「お馬鹿」と罵ったのだから、相当溜め込んでいたのだろうか。
まあでも折角立て直して反撃の陣を組んでいたのに、この行動で全ておじゃんになったどころか、借金まで出来たようなものだ。
正直、ルージュちゃんがキレていなくとも他の人がキレていたかもしれないとは思う。
「なっ……!?」
「お姉様、本当に申し訳ありませんが、私達ではもうどうしようもありませんわ……。私達をお助けくださいませんでしょうか」
「気にしないで。そのために居るようなものだから」
「ですが、お姉様にも魔王毒が……」
「ああ、これね」
『魔王毒蜘蛛』が放ってきた糸の網を、蜘蛛の口付近で物理障壁を張ることで根本から防ぐ。
障壁のハニカム構造化で耐久を上げつつ、魔力量をある程度使えば、こうして口元から防ぐ手段が取れて何もさせない方法が取れる。
僕はそのまま飛び上がり、重力とステータスに身を任せて「聖女パーンチ」と言いながら『魔王毒蜘蛛』の背中を上から押し潰すように殴る。
「あ、あんなに硬化な外皮を持つ『魔王毒蜘蛛』を、こ、拳だけで潰すなんて……」
「正直秒間魔力が5減ったくらいじゃ、自然回復量の方が多くて減らないんだ」
「……へ?」
「魔力量を多くして自然回復量で上回る。これも魔王毒の対策方法の一つだよ」
「……」
「ソラ様、それが出来る人間はこの世界でそこまで多くないことを、そろそろ自覚なされた方が……」
「なっ……!?そ、そんなこと言うケイリーさん達だって、今はもうこっち側なんですからねっ!」
「そんな悪いことみたく言わないでください……」
僕だって、人間卒業したつもりはないよ……。
「親衛隊のお二人にとってはこんな試練、屁でもないでしょうから、こうして糸を食らった状態をハンデとして戦ってみてください」
「なるほど、魔力が回復しない状況下でいかに魔力を押さえて戦うか、ということですね」
「はい。って、涼花さん?どうかし……」
「――霊気、解放――」
「えっ……?」
「――陸の舞、暁月夜――」
「り、涼花隊長!?どうなされたのだ!?」
あっ、そういえば涼花さんって、大の虫嫌いなんだったっけ。
交換した記憶の中に、幼い日の涼花さんの思い出が蘇っていく。
「――霊刀・奥義、月蝕――」
「りょ、涼花隊長ッーー!?」
霊気解放すら必要なく、型技で事足りる相手に奥義を使う程とは、よほど嫌だったんだろうな……。
魔毒蜘蛛達の処理にはそれほど時間はかからなかったけれど、我を忘れて一心不乱に刀を振るう涼花さんを止めるのには相当苦労するのだった。




