第635話 四散
「あ、あれは……」
「『魔毒蜘蛛』の上位種、『魔王毒蜘蛛』……」
「し、慎重に行くわよ」
「は、はいっ!」
魔王毒蜘蛛の魔毒は秒間魔力が5ずつ減るので更に厄介だが、だからこそ慎重に行くのは悪手だ。
そこまで多くない個体だからこそ、魔力を惜しまず叩くべきだ。
「こいつ、跳んで……!?」
「きゃあっ!」
太くなった足と間接の自由さで跳躍ができるようになり、より厄介さが増している。
そして更に厄介なのが、吐き出す蜘蛛の糸が網状で範囲攻撃になることだ。
「ひぃやあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
「退きなさい!私がやるわ!『煉獄炎』!!」
より拘束力が高まり、その上この糸は魔力耐性もついているので威力の弱い魔法では消せない。
そうして動けないでいるうちに『魔王毒蜘蛛』は『魔毒蜘蛛』を呼び寄せ、状況は更に悪化する。
「こ、こんなの……どうしろってのよ……」
「きゃあっ!?」
「ま、魔力が……」
「物理、障壁……」
ララちゃんが機転を利かし、円形の陣を丸ごと覆うように物理障壁を張り、蜘蛛の網を防いでくれる。
だがいくら冒険者で鍛えていようと、ハイエルフとして基礎魔力量が多かろうと、これだけの大きさの障壁など一人で作っていては、消耗するのは必然。
「くぅっ……キツ、キツ……」
その上『魔王毒蜘蛛』は小賢しくもわざと蜘蛛の網を障壁に向かって吐き出してくる。
積み重なっていった蜘蛛の糸はやがて重量を増し、更にララちゃんの魔力を必要とさせる。
「ララ様が物理障壁を張られている間に、立て直しますわよ!」
「ララ、余計な、ことを……!」
今は私怨を募らせている場合じゃないでしょ……。
「こんな障壁、なくったって平気よッ!『炎の爆発』!!!」
「あ、ちょっ……!?」
「えっ、何を……!?」
ノアちゃんはなんと障壁の上に積もった蜘蛛の網を、あろうことか障壁の内側から炎の中級魔法で障壁もろとも吹き飛ばしたのだ。
「どんなもんよ!」
障壁に纏わりついていた『魔毒蜘蛛』達もついでとばかりに吹き飛んでいったのを見て、ふふんと誇らしげにしていた。
「あちゃぁ……」
「これは、酷いな……」
「お馬鹿……バカ、バカ……」
冒険者をしている親衛隊の二人やララちゃんからもはや罵倒の声が出てくる。
この魔毒の糸はほぼ液体。
跡形もなく消えるなら吹き飛ばす意味はあるが、そんなことは出来ないので、爆発でただ弾け跳んだだけ。
ついでに障壁も吹き飛ばしたので、僕たちは今、爆発四散して雨のように細かくなった魔毒の糸を全員で浴びていた。
「あっ……」
無情にもほとんど全てが魔王毒の糸だったようで、『患グラス』を掛けるとほぼ全員が魔王毒を受けていた。
ここまで見事なやらかしを見たのは正直初めてで、もはや感心するよ……。
「ノア様、あなたはお馬鹿ですかッ!!!」
あ、ルージュちゃんがついにキレた……。




