第633話 蜘蛛
「ソラ様」
「……来ましたか」
ケイリーさんがいち早く気付いて、僕に報告してくれる。
「基本手助けはしませんが、危なくなったら叫んでくださいね」
「勿論ですわ」
「さす慈愛、ひゅー、ひゅー」
だからララちゃん、それ絶対煽ってるでしょ……。
先頭を走る馬車が止まり、全員が降りるとノアちゃんが指示を出す。
「前衛が足止めしつつ、魔法使いが後ろから攻撃しなさい!っ、きゃああっ!」
「っ、きゃあっ!」
体長役二メートルもある足の長い蜘蛛がカサカサとこちらに歩いてくる。
前世でいうタランチュラとかは体毛があって虫というより動物や哺乳類っぽさが少しはあるように感じるかもしれないが、アシナガグモの場合はそういうのがないため、より虫らしさが際立っているように感じる。
まあ要するに、男の僕ですらカサカサと素早い足の動きでこちらに歩み寄ってくるさまは若干の気持ち悪さがあるくらいだということ。
それを普段虫も出てこないお屋敷の中に住んでいるような貴族令嬢達が受け入れられるわけもなく……。
「ひぃやあああっ!?」
もう、どこもかしこも阿鼻叫喚。
いやでもノアちゃんはハイエルフで精霊の森に住んでいるんだから、蜘蛛くらいはよく見ている筈では……?
いやまあでも、こんな大きい蜘蛛は、確かに精霊の森にはいやしないか……。
「こ、この、この虫っ!」
「ひ、ひぃぃ……!」
前衛である剣士や盾使いの子たちはみんな虫を前に腰が引けていて、うまく戦えていなかった。
それでも一応足止めはできているようで、ノアちゃんの予定通り前衛が盾になっている間に後衛の魔法使いや弓使いが仕留める方法で一応まかり通ってはいるようだ。
本当に危険な場所なら来るときに僕が止めていたから、一応理論的には無謀な賭けではない。
まあでもそれは僕や親衛隊のみんなのような、あらかじめ最適の動きがわかっていて動いたときくらいの想定ではあるから、ほとんど無理寄りだけどね……。
この渓谷が『死の渓谷』と呼ばれるのは、出現する魔物が厄介な点だ。
渓谷は雪も降らず比較的安全なように見えるが、代わりにこの『魔毒蜘蛛』と呼ばれる蜘蛛が出てくる。
この蜘蛛が厄介で、吐いてくる糸に触れると、『魔毒』という状態異常になり、これは一分間の間、一秒に魔力が3ずつ減るというものだ。
魔力が減るだけなのですぐさま命に影響はないけど、魔力が自然回復しないでどんどん減っていくので、糸を吐かれる前に止めないと、くらってしまうことになる。
一応一年生でも魔力は減るものの多人数との連携でなんとか各個体を倒せる程度ではあるけど、問題はそこじゃない。
この渓谷は何より、この『魔毒蜘蛛』の数が多すぎるのだ。
どのくらい多いかと言えば、この蜘蛛が5メートル歩けば一匹くらいの頻度。
そのため広範囲に広がる上級範囲魔法を使えない限りは毒をくらうことは必然ともいえる。
「これは、まずいですわね……」
気づけば四方八方から囲まれていた。
「うわあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
さすがに囲まれて攻撃されてしまえば、いくら優秀な前衛といえど順に魔毒を受けてしまう。
そしてめんどくさいことにこれは毒でありつつも蜘蛛の糸でもあるので、その粘着性で対象の身動きを止めてしまう。
そのまま全員身動きがとれなくなってしまえば、蜘蛛の餌となってしまうのだ。
そのため普段は共食いも厭わない『魔毒蜘蛛』側も、人種族を見つけたときはこうして徒党を組んで襲ってくる習性がある。
逆に『魔毒蜘蛛』としてもそうしないと、自分たちがやっつけられてしまうから、そういう習性になったのだろう。
「きゃぁ!?べとべと……」
「んー!?」
「う、動けません……」
「今よ!後衛、叩きなさい!」
「は、はいっ!?炎の矢!!」
「「雷の雨!!」」
まだ一年生で付き合いも短いせいか魔法の連携すらうまくできていないが、今のところ生徒の多さでカバーはできているみたいだ。
「ふぅ、倒したわね。連携はできているわ。この調子で進みましょう」




