閑話16 秘め事
【橘涼花視点】
「お帰り、涼花」
「ただいま、父上」
学園から帰ると、いつものようにエプロン姿の父上が出迎えてくれた。
二階の自室に荷物を置きにいく。
扉を開けると、自室には可愛いぬいぐるみ達が待っていた。
だが、抱きつくにはまだ早い。
一階に降りて風呂場に行き、シャワーを浴びる。
シャワーをしている時は、つい考え事をしてしまう。
私は可愛いものには目がない。
不意に可愛いものを見ると、無性に抱きつきたくなってしまう悪い癖がある。
こういう少女趣味は父上の遺伝なのだろうかと時々思う。
この間のソラ様なんて、非常に危なかった。
あと少しのところで、初対面でいきなり抱きついて粗相をしてしまうところだったのだ。
それからあのメンバーで何か喋っていたような気がするが、何を話したのかも覚えていないし、初めて間近で見たソラ様のご尊顔にきゅんとしてしまっていた。
やっぱり、もう少し頭を冷やすべきか……。
そう思い、シャワーの温度を下げた。
シャツに着替え風呂場から出ると、父上の作ってくれた夕食が並んでいた。
「いただきます」
「いただきます」
「命に感謝をするのよ」と母上に教えられ、欠かさずに私達は手を合わせるようにしていた。
今日も父上の味噌汁は美味しい。
サクラ様は母上が亡くなってから、「いつ居なくなるか分からないのだから、感謝は伝えておきなさい」と言うようになった。
だから私も、それに倣うことにした。
「父上、いつもありがとう……」
「……何か、あったのかい?」
母上と違っていつも優しい父上だけど、こういう細かいところに気が付くのは流石だと思う。
きっと母上も、そんな父上に惹かれたのだろう。
「昨日、サクラ様と会ったんだ。いつものように感謝の大切さを教えていただいたよ」
流石にソラ様の話はしたくないので誤魔化した。
「そうか。でも涼花は私とお母さんの大事な一人娘だからね。当然のことだよ」
「5年前母上が亡くなってから、父上が私を一生懸命に育ててくれたことには感謝しているよ。でも、もう父上だって前に進んでいいと思う」
食事時にする話ではない気がするが、聞くタイミングは今しかない気がした。
「父上は、新しいパートナーを見つけてもいいと思う。私に気を遣っているのなら、それはもう不要だよ」
あの事件で一番心に傷を負っているのは、サクラ様でも私でもなく、父上だったはずだ。
「……なるほど。涼花が私に気を遣ってくれたのは嬉しい。でもね涼花、私は生涯でただ一人、お母さんを愛しているから。この想いはきっと変わらない。もしかしたら涼花にはまだ分からないかもしれないけど、いい出会いがあればきっと涼花も分かるようになるよ」
いや、残念ながらもうそれには気付いてしまった――
「いや……もう分かるよ……。私は父上の子だからね」
「……そうか。……それは嬉しいな。その心は、大事にするんだよ」
少し驚いた顔の父上だったが、すぐに何も聞かずに食事を続けてくれる。
あのときはシエラ君を助けるためとはいえ思わず口にでてしまったが、やはり私は父上の子だ。
この想いは邪道だと分かってはいるけど、きっと私も意見が変わることはない。
父上のように、生涯でただ一人を愛してしまうのだろう。
だから迷惑にならないようこの想いはもう誰にも話さず、私の心の内に秘めて墓場まで持っていくことにした。
きっと、この恋は叶わないから――




