閑話164 写真集
【シェリル視点】
「……ごほっ、ごほっ」
待ってくださる読者のために続きを書かなければならない。
その日々に追われていた私は少しスランプ気味になっており、ない知恵を振り絞ろうとした結果、熱を出して倒れた。
「シェリー、大丈夫?臨画『異常回復』――、臨画『アイスキューブ』」
「ありがとう、セフィー。大分軽くなったわ」
なんでも出来るセフィーは本当に器用なものだ。
今やお義母様やエルーシア様を除いては、戦闘実技でセフィーの右に出るものはいない。
それが誇らしくもあり、羨ましくもある。
こういう時、どうしても旧知の仲であった彼女と比べてしまう自分が、賤しくて仕方ない。
「ね、ねぇ……本当にお義母様に言わないつもり?」
「ええ。こんなことで心配かけたくないもの」
「……」
何か言いかけようとしたが、やめてくれた。
それくらいの付き合いの長い悪友である。
そう、互いに世紀の大悪事をするくらいの。
お義母様は毒のかかった自らを治すこともせず、殺しにかかった私達のことをあろうことかシルヴィア様から守ってくださった。
あの時のお義母様はとても格好良く、いつか本当のことを話せる時が来たならば、その勇姿を書き残せたらと思っている。
「ねぇシェリー。シェリーが小説家になるって聞いたとき、私……羨ましかったの」
「え……?」
「お義母様からの人生の課題だった『やりたいこと』をいち早く見つけて、少し焦ってた」
比べていたのはどうやら私の方だけではなかったらしい。
「でも今やセフィーは聖影で、凄腕の魔法使いでしょう?私なんかよりずっと……」
「ううん。お義母様が偶然私の才能を見出だしてくださらなければ、私は今もまだ燻っていたと思う。実際、お義母様に内緒でソフィア元会長に相談しに行ったりしていたし……」
どうやら私達はお互いに、お互いを羨ましがっていたようだ。
「本当にお義母様には言わないの?」
「ええ」
「分かった。言わないでおいてあげる」
「ありがとう」
「でも言わないのはお義母様にだけだから」
「どういうこと……?」
「今は早く風邪を治しなさい!」
問いただしても、セフィーは教えてはくれなかった。
翌日、熱も治ると意外な方が寮にいらしていた。
「ラ、ライラ様っ!?ど、どうして……」
「セフィーから聞いたわ。風邪はもう大丈夫なの?」
ライラ様に言ったのか……。
いったいどんな伝手でライラ様に連絡したというのだろうか?
「はい。あの、手を止めてしまってすみません。遅れてしまった分は取り戻しますから……」
「駄目よ」
「えっ……」
「今日は市場調査よ。付いてきなさい」
「あの、市場調査とは、一体何を……」
「たまにあなたのように引きこもってひたすらに作る作家がいるのだけれど、何が作品のヒントになるかは分からないわ。だからたまにはこうして外に出た方がいいのよ。今後は私が連れ出してあげるから、覚悟しておきなさい」
後ろ暗い理由で引きこもっているわけではないが、いざそう言われると羞恥心が刺激される。
「ここよ」
「ここは、どうして本屋なんかに……」
今更ここに来て何があるのかと考えていると、何やら本屋の一角に偉い行列ができていた。
「はいはい、通りますよって、ライラ様っ!?」
「ウィラ、今一番人気のアレを買いに来たのだけれど」
「ああはい、コレですね!もうすごい売れるんですよ!」
そうして手渡されたものは、可愛らしい魚のぬいぐるみを抱え、猫耳と尻尾を生やしたお義母様が頬を赤らめる姿がバンと写った、『慈愛』というタイトルのそれ。
「こ、これは……!?」
思わず手が震えながらもそれを開くと、ナース服やメイド姿でこちらを見つめてくるお義母様が写っていたのだ。
「聖女院編集室監修コスプレ写真集、『慈愛』よ」
私はどうして今外に出た方がいいのか、どうして今ライラ様が連れ出したのか、ようやく理解したのだった。




