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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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第607話 天才

 『魔甲』の戦いは遠近両用。

 だが近接にいてこそ真価を発揮する。

 まずはお互いに距離を詰めて近づくが、ただ近づくのではお互いに有利になるだけだ。

 だから自らは近づきつつも、相手を遠ざけるように魔法で引き離そうとする。

 後ろに下がれば隙が生まれるので、お互いに魔法合戦をしながら前に突き進むしかない。


 光が瞬けばすぐ凍り付き、それを溶かすようにまた光が現れる。

 お互いに指の数だけ、つまり10対10の魔法が次々と放たれては相殺されていく。


「くっ……女神様のご加護があるここじゃなければ地形が変わり果てていたことだろうな……」

「まるで嵐と太陽の衝突を見ているかのようだ……」


 演算スピードはほぼ互角、若干発動スピードと威力に差はあるけれど、それは『練度』の差。

 それでも努力家でもあるエルーちゃんが朝、誰よりも早く起きて魔法の鍛錬を怠っていないかよく知っている。

 やがて僕とエルーちゃんの距離が詰められたとき、その『練度』の差で均衡が崩れた。


 それはお互いに近づいたことで、ほんの小さな速度と威力の差が響いてきたのだろう。


「っ……!?」


 体勢を少し崩したエルーちゃんのところに拳を合わせようとすると、腰を落として水魔法で自らの背中を押してジェットのように距離を離す。


「はあっ!」

「くっ……!」


 すぐに僕が距離を詰めるとそこからはお互いにスパーリングを行いながら、勢いをつけた方の手で5つの魔法を放つ。


「右手で殴っているときは左手が開いているから、左手の指の数だけ魔法を放ちながら、右手で物理攻撃を放つ……。それを交互にすることで12の手数で相手を翻弄する……。これが『最適解』の戦闘か、凄まじいな」

「普通はそんな器用なことできないんだがな……」


 体で物理攻撃の争いをしながら、その後ろでは同時に魔法の合戦をしている。

 一つでも手を抜くと途端に体制が崩れて、劣勢になって負ける未来がお互いに見えているかのようだ。


 だが僕が手を抜いたわけではないのにエルーちゃんはパターンを変えてきた。


「はっ!」


 魔法の一つを相殺せずに、わざと避けたのだ。

 だけどその分だけ一つ余った手数で何ができるのだろうと思っていると、突然違和感はやってきた。


「っ、二つの魔法核で、威力を二倍に……!?」

冷撃光線(フロスト・チャージ)!!!!」

「くっ!?」


 人差し指と中指の第二関節にあるオリハルコンの『魔法核』をくっつけて、一つの魔法核にして特大魔法を放つ。

 

 僕のディバインレーザーを軽く超える、二十メートル超はあるだろうか?

 その魔法の力を増幅させるためにわざわざ詠唱したのだ。

 これが決定打になることを、わかっていたかのようだった。


 無論残りの手数が相殺に充てていた僕がそれを消せるわけも避けるわけもなく、僕は受け入れるしかなかった。


 ビィィィとブザーの音が鳴る。


「参りました」


 やはり僕の見立て通り、エルーちゃんは僕を超える存在だ。

 僕の前世の知識を持った時点でこの天才に勝てる気はしていなかったけど、ここまで強いとは思わなかった。

 何よりエルーちゃんはこの12の手数の戦闘については今までやってきたけれど、この武器『魔甲』を使うことはお互いに初見だったはずだ。


 それなのに10個打てる魔法のうち1つは口が空いているので詠唱に使えること、そしてこの『魔甲』の武器の特徴として隣り合う指の甲を重ね合わせることで威力を倍にして魔法が放てることをこの短時間で見抜き、実践してみせたのだ。

 これを天才と称さずに、何と呼ぶのか。


「はぁっ、はぁっ……」

「本当に、ソラ君に勝てる人がいるんだな……」

「はぁっ……い、いえ、手心を加えていただいたお陰です。最上級魔法を使ってしまえば、私など一瞬で負けてしまいますから」


 いや、僕の方しか使えない最上級魔法を使うなんて、ただのズルでしょ。

 そんなことして勝っても、何の意味もないから……。


「ソラ君はメイドを生物兵器に仕立て上げて、何をするつもりなんだい?」


 生物兵器て……。


「特に何もしませんよ。でもエルーちゃんは私よりずっと頭がよくて天性とも呼ぶべき魔法の才能がありますから、私のお世話なんかで終わらせていいとは思えなくて……」

「ソラ様……」

「それに……」

「それに?」

「いざという時のために、皆さんが強くなっていることは大事なことです。私達聖女も多くなってきたとはいえ、狡猾な魔族の軍勢はその目を盗んでやってきますから」


 実際、僕が天庭に行っていて居ない間に玉藻前(たまものまえ)にマクラレン公爵領が襲われた。

 エルーちゃんが僕の代わりに先立って行ってくれたことで、誰一人犠牲を出さずに玉藻前を打ち払うことができた。


「魔族の軍勢とは言うが、もう魔王も倒して、配下の四天王も全部倒したのだろう?」

「それに関しては私も同意だな。正直ただでさえ歴代最強の聖女様と言われているソラ様が、これ以上強くなるためにこの武器の開発を我々に任せてくださったのは不思議で仕方なかった」

「かつて聖女様が現れるより前、魔族と女神勢力による戦争が絶えず繰り広げられていたが、弱き民を守りながら戦う女神勢力は劣勢だった。しかし聖女様が現れてから一進一退、聖女様方のお命と引き換えにその均衡が保たれて互角になったといわれている。そしてソラ君がすべての魔族を追い払った今、あとは残りの残党を片付けるだけだろう?」

「ソラ様はいったい、何を恐れているというんだ?」

「……」


 確かに魔王を主軸とする()()と呼ばれる存在は、今はいない。


「均衡はまだ女神様へ傾いてはおりません。むしろやっと互角になったくらいなんですよ」

「……なんだって?」


 エルーちゃんが僕の代わりに説明をしてくれた。

 さすがに一度心を覗かれているだけあって、筒抜けだ。


「……ソラ様は、これから起こるであろう大災害に備えられているのです」

「大災害……?」

「はい――」

「お義母様!!!!」

「セフィー?どうしたの?」


 ぴしゃりと扉が開き、入ってきたのはセフィーだった。


「涼花様が……!涼花様が倒れて……!」

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