第61話 内緒
「な……どうして……」
「私はどうやら、私にはないあの可愛らしい見た目にやられしまったようでね。いわば一目惚れ、というやつだよ」
終始恥ずかしがることもなくハキハキとそう語る涼花様。
「……だ、大聖女さま……!?」
「そ、そんなの、勝てっこ……ないじゃないですか……」
「とはいえ、私は別に神様に迷惑をかけたいわけじゃない。このことはソラ様にも……いやサクラ様にだって一生伝えるつもりはないと思うし、別に叶わなくても構わないと思っているんだ」
涼花様はお姉さま方に手を差しのべる。
「だから皆……この事は、黙っておいてくれると、助かるよ」
「わ、わかりましたわ……」
反論ができなくなったお姉さま方は、逃げるように去っていった。
パタンと閉まる扉。
僕は、いつの間にかぺたんとうずくまって呆けていた。
「……大丈夫かい?シエラ君」
「え、ああ……はい……」
そう返すのがやっとだった。
「そういえば、シエラ君は大聖女さまのお弟子さんだったね……。考えなしですまない。できるならこのことは、お師匠さまやサクラ様には内緒にしておいてくれないか?」
涼花様も、まさか本人の目の前で告白してしまっているなんて、夢にも思っていないだろう。
「頬を叩かれたのか。痛くないかい?」
手を差しのべる涼花様を見て、ようやくハッとなった僕。
ここで僕がソラだと言ってしまったら、涼花様は大恥をかいてしまう。
だから暴露はできない。
僕が男だと知ったら幻滅してくれるかもしれないが、その代償に僕が社会的に死ぬ。
それに、一番まずいのはこれをシエラが聞いてしまっているという事実が残ってしまうことだった。
今後僕の素性を知る人にこれを露呈するわけにはいかなかった。
「……私は……なにも聞いていないですよ……」
結局、『聞かなかったことにしておく』という選択肢しか選ぶことができなかった。
「シエラ君は優しいな。改めて、すまなかった」
優しくなんて全くない。
僕は純真な涼花様を騙していることに胃が痛くなった。
「頬、大丈夫かい?保健室に連れていこうか?」
「い、いえ……大丈夫です」
ヒールと唱えて頬の痛みを治す。
「そうか、そうだったね……。ソラ様のお弟子さんだしこれくらいの怪我は大丈夫か」
頬の痛みはおさまったが、心臓のバクバクは一向に治まらなかった。
屋上から聖徒会室へ戻る道中、どうしても聞きたかったことがあった。
「どうして、ついて来ようとしたのですか?」
確かお手洗いに行くとしか言ってなかったような……。
「目安箱の意見を眺めてからすぐ動いただろう?シエラ君は、宿題を後回しにしないタイプだと思ったんでね」
「う……」
相変わらず嘘が下手くそだなぁ……。
「それに、お手洗いに行くといったのに、聖徒会室を出て左に向かっただろう?」
「……?」
ピンと来なくて首をかしげた。
「一番近い女子トイレは、聖徒会室を出て右だよ」
「あっ……」
絶対に利用しないから失念していた……。
「あ、あはは……。つくならもう少しマシな嘘をついた方が良かったですね……」
「聖徒会室に戻る前に寄るかい?」
「い、いえ。本当に行きたかったわけではなかったので……」
危うくもうひとつの秘密までバレそうで、二重にドキドキが治まらなくなってしまった。