第604話 洗浄
「ただいま帰りましたぁ……」
顔も笑顔も作り続けて疲れに疲れ、ほぼ素になりかけて寮に帰ったその日。
「お帰りなさいませ、お義母様」
「ソラお姉様、お帰りなさいまし!」
「うん、ただいま、シェリー、ルージュちゃん」
「今日はハンバーグなのです」
「ありがとう、ハナちゃん」
「えへへ……」
「私も、手伝った」
「私も食器、運んだ。カチャ、カチャ」
「ネルちゃんもララちゃんも、えらいね。でもララちゃん、なるべく音は鳴らさないようにね」
「むぅ……」
「どんまい、後輩」
「ネル先輩……しく、しく」
「ネ、ネル様がお姉ちゃんの真似事を……!」
ハナちゃん、目線がネルちゃんの保護者だな……。
ネルちゃんの頭を撫でるも、氷の精霊だからつるつるしてる……。
冷たくて気持ちいい。
Sクラスの朱雀寮も寮母のフローリアさんを含めて13人。
初めはエレノアさんとミア様と僕とエルーちゃんとソーニャさんの五人だったのに、ここまで増えたのは嬉しいことだ。
寂しいなんて感情があまり起きなくなってきたのも、朱雀寮にいるみんなのおかげかもしれない。
「あ、あ、あ、あああのあのあああのっ……!」
「あっ……」
そういえば一人、真実を伝えてから説明していない人が、寮にいたんだった……。
「お……おおオおっ!」
「お?」
「おおおお初にお目にかかりゅぃましゅっ!」
「ロッテちゃんや……もう会っとるじゃろ?」
「ロッテおばあちゃんや、ごはんももう食べましたよ」
いや、ご飯はこれからだからシェリー。
「流石にこれ以上は可哀相ですよ、ソラ様……」
ちょっとした仕返しではあるものの僕もそう思ったので、安心させるためににっこりと笑みを向けた。
「そうだよね。この姿は初めましてだもんね」
「あわわわわ……!!」
(゜Д゜≡;゜д゜)で表現できそうな慌て具合は、一年前のハナちゃん以上だ。
ハナちゃんは性格こそ引っ込み思案だけど、なんだかんだで南の国のグレース公爵家のメイドだし、貴族と話すこともあるだろう。
それに比べてロッテちゃんは商家の娘さんとはいえ平民。
貴族家のメイド程は貴族と会っているわけではないし、よりそういった作法に耐性がないのだろう。
「騙していてごめんなさい。改めまして奏天です。ロッテちゃん、よろしくお願いね」
「あっ……おてててて……てててっ!?ててっ……!?」
握手を交わそうとするとまるで小鹿のように手を震えさせながらも両の手でそっと僕の右手に触れ、大事そうに確かめる。
「も……」
「も?」
「ももももう、おおお手々一生洗いませんっ!!!」
んな大袈裟な。
「いや、手なら言ってくれればいくらでも繋ぐから、洗いなよ……」
「め、女神様……!」
……それはむしろエリス様に怒られるのでは?




