第60話 天地
「貴女、涼花様に気に入られているようだけれど、涼花様はみんなの涼花様なの」
「そうよ。決して貴女が一人占めしていいようなお方ではないの!」
人気者だからこそ起こることだ。
涼花様も大変だなぁと他人事のように思った。
「それに貴女、ここのところ悪い噂しか聞かないのよね」
「貴女が近くにいると、涼花様まで悪評が立ってしまうわ……」
言いたい放題だ。
でも多対一なんて、所詮こんなものだろう。
この状況で僕の対立意見が通ったことなんて、一度もない。
「ほら、なんとか言ったらどうなのよ!」
「私は……」
パァンと平手打ちをくらった。
反論の余地は与えてもらえない。
姉と母を思い出すような詰め方だ。
何を言っても無駄なら、波風を立たせぬように黙っていた方がいい。
痛いことには変わりはないが、幸いにもこの世界では僕にダメージはほとんどない。
紅く腫れた頬に手をやると、『まだ大丈夫』と思えた。
ああでも、また我慢しているとシルヴィアさんが来ちゃうかもしれないのか……。
そのことに今更気付いてしまい、どうしようかと決めあぐねていると、後ろの扉からギギギと音がした。
「違和感を感じて追ってみれば……」
ガシャンと閉まる音に、先程まで威勢の良かったお姉さま方がびくっとしていた。
「君達はもう少し賢い娘達だと思っていたよ」
涼花様ははぁとため息をついて呆れたような顔をしてから、こう言った。
「私にはよってたかって後輩をいじめているようにしか見えないのだが。これは、どういうことだい?」
珍しく冷めきった表情で冷酷な眼をしていた。
「わ、私達は…………あ、貴女達がいい雰囲気だったから……問い詰めただけですわ!」
「……だそうだが?」
そこで僕に振るのか……。
でも話を聞いてくれる状況にしてくれたのだから、十分助け船だ。
「確かに涼花様は格好よくて魅力的な女性だとは思いますが、別に私と涼花様は恋仲ではございませんよ」
涼花様は、いわばスクールカースト最上位だ。
いつも最下層にいた僕にとっては、天地がひっくり返りでもしない限り、くっつくなんてことはあり得ない。
それくらい無縁な存在だから、涼花様と恋仲になろうだなんて、考えたこともなかった。
「あ、貴女がそう思っていようと……涼花様がそうは思っていないかもしれないじゃない……!」
涼花様が?
ないない。
「なるほど。確かにシエラ君は賢く強いと聞くし、何より可愛らしい。私にはない魅力的な女性だとは思う」
男性だけどね……。
「ほら、やっぱり……」
「だが、私には既に心に決めた人がいるんだ。だからシエラ君と付き合うことはできないよ」
「「えっ!?」」
お姉さま方と僕がハモるくらいには、それは衝撃的すぎた。
そこにいた涼花様以外のみんなが口をぽかんと開けていた。
「そ、そのお方は、どなたですのっ!?」
唯一、口を閉じるのが早かったお姉さまがそう問いかけた。
「本当は言うつもりはなかったんだけどね……。大聖女ソラ様さ」
「……………………へっ?」
「私は奏天様に惹かれてしまったから、君達とも付き合えないんだ。ごめんね」
天と地がひっくり返った結果、地が天になってしまった。