第585話 断面
この間迷宮に潜ったところ、魔物を見ただけで震えが止まらなくなったらしい。
「やっぱりサクラさん、あの魔王との戦いで……」
あの時のサクラさんは正直に言って、生きているのが不思議なくらいだった。
僕が教皇龍ちゃんに乗って駆けつけた時には既に、両腕をなくし辺りには血の池ができていた。
普通の人なら失血とショックで死んでいてもおかしくないけれど、聖女がステータスが他より少し高いから耐えていたのだと、あの時の僕は思っていた。
「あの時生きていたのは、親友とソラちゃん、それに真桜のおかげよ」
「私の……?」
「ええ、真桜。あなたがお腹の中にいたから、私は『死んでやるものか』って、最後まで諦めなかったのよ」
「そっか……ママ、ありがと……」
母親は、強いな……。
でも人一倍強いというわけじゃなくて、それを隠していられるのが上手なだけなのだろう。
僕の母もそうで、ある時を境にぽっきりと折れてしまう事だってあるのだ。
母の場合はじっくりと時間をかけて折られていたようにも思えるが、今となっては後の祭だ。
「多分もう私は使い物にならないわ。聖女失格ね……」
「そ、そんなことありませんっ!」
聖女が集う場でエルーちゃんが率先して意見することなど、今までなかったことだ。
それだけ、今の発言に納得いっていなかったのだろう。
「私は、サクラ様にお救いいただいた最初の民です。その時からずっと、サクラ様は私の、私達西の村の、『聖女様』なんですっ!」
「エルーちゃん……」
「『サクラ、聖女は私が渡した肩書きではあるけれど、それはもうただの肩書きではなくなっているのよ』」
「それだけ沢山の人を救ってきたということですよ」
「ふふっ、あなたの方が沢山救っているのに?」
「量の問題じゃないですよ。だってエルーちゃんを助けてくれなければ、僕も死んでいたんですから」
サクラさんがエルーちゃんを助けてくれて、そのエルーちゃんが僕を助けてくれた。
つまりサクラさんは僕の恩人でもあるのだ。
「エルーちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございます」
「ソ、ソラ様……!」
「あーはいはい。ご馳走さま。行きましょ。準備、あるんでしょ?」
「ちょっ、サクラさんっ!――」
「――」
聖女一行は姦しい声を廊下に響かせながら、外に出ていった。
……残された僕たち。
「あの、涼花さん……」
「気にしなくていい。ソラ様が何を気にしているかも、私は知っている」
あ、そっか……。
僕の全部知られちゃってるんだ。
「あれ?でも、その記憶を涼花さんが知ってるってことは、僕から涼花さんに渡した記憶なんですよね?どうしてそれを僕が覚えているんですか?」
「『それは、記憶を断面で渡したからよ』」
「断面……?」
「『イメージするなら、画像の連結で動画が出来上がっているみたいなものかしら?忘れちゃいけない大事な記憶は、その動画のうち、画像単位で分割して分配しているの』」
「ああ、フレームレートが下がった記憶としては残っているということですね?」
「『流石は、有名動画投稿者ね』」
やらされていたものだけど、知識だけはついたから悪いことばかりではなかったようだ。
「ふ、ふれーむ……?」
あっ、そこの知識は共有されてないのか……。
「ええと、パラパラマンガって言って、分かる?」
「あっ……ええと確か、ツムギ様がアニメ文化を私達に伝えるために教えてくだったと言われているものですね」
「アニメまで知られてるんですか……」
第45代聖女の辻紬さんはこちらの世界で漫画を広めた人として有名だけど、まさかアニメまで広めていたとは……。
この世界にテレビみたいなものはないのに、アニメという概念事態を広めたかったというのは、よほど好きだったんだろうな。
僕は紙を取り出すと、それを分割して100枚くらいの紙にしたあと、多重無詠唱で『描画』の魔法を唱え、それぞれの紙に絵を描いていく。
描き終わると紙束をトンと揃えて、パラパラとめくる。
そこにはマリちゃん先生が教壇の高い椅子によじよじとよじ登り、一息ついてからどや顔でびしっ!と指を指すパラパラマンガが描かれていた。
「凄い……!ぬるぬると絵が動いているように見えます!」
「ソラ様は本当に多才だな……。それにしてもソラ様は、本当にマリエッタ先生が好きだな……」
最初に思い付いたのがそれだったんだから、仕方ないじゃん。
「例えばこの100枚を上から1、2、3、1、2、3……と3つの束に分けていくとするでしょう?そしたら1の束だけでパラパラしてみてください」
「わぁ……!これでも、同じように動いて見えますね!」
「凄いな、他も同じだ……。三等分したのに、三つとも全部、ほとんど同じ動きをしているのが分かるなんて……」
「間が抜けたことで少しカクカクしてはいますが、これでも何をしているかは大体分かりますよね?人ってある程度こういう動きをしているのだと脳内で補間してくれるので、少しくらいカクついた映像でもなんとなく分かるようになってるんですよ」
「『概ねソラ君が話した通りで合っているわ。多少穴抜けになっていても、この方法ならお互いに忘れる事はない。ソラ君が忘れて良い姉との記憶は忘れて、女装してる時とかの消したくない思い出は残すように頑張ったんだからっ!』」
「いや、女装している時の思い出はむしろ真っ先に消してほしかったんですけど……」
頑張るところがおかしいよ。
「『駄目よ!』」
「駄目ですっ!」
「駄目だっ!」
いや、なんで満場一致したの……?




