第584話 乱心
「えと、その……話せば長くなるんですが……」
「……」
女学園に二年間も男が通っていた事実は曲げられず、この負債は高く聳え立つ程になってしまっていた。
しかも相手がいち生徒ならまだ話は別だけど、彼女は現聖徒会長。
そして彼女が一年生の時は、風紀委員長だったのだ。
サッカーなら初めからレッドカードものなのだから、言い訳も何もあったもんじゃない。
僕がもじもじしていると、沈黙を破ったのは、まさかの外からの刺客だった。
「ソラちゃん!」
「真桜ちゃんっ!?」
正直助かった……。
「天先輩……」
「サクラさんに、柊さんまで……」
「エリスから念話で聞いたわ。記憶を涼花ちゃん達と分割したって」
サクラさんは僕のところまでくると、頬をひっぱたこうとして、すんでのところで止めた。
僕は多少の痛みは我慢しようと目を瞑っていたが、痛みはやって来なかったので混乱して目を開いた。
「……?」
「あなたが死んで、それで治まるなんて、二度と思わないで頂戴……」
「ごめん、なさい……」
心を痛めて、僕のために怒ってくれる人は、貴重な存在だ。
姉に狂わされた母だけど、もしそうでなければこういう母親との関係が築けたのかなと思う。
「あなたたちもよ。助かったからそれで言い訳じゃないわ。あなたたちが死んだら、私が悲しむことを肝に……銘じておきなさいっ!」
「ぐすっ、申し訳、ありませんでした……」
泣きそうなエルーちゃんはついに気持ちが溢れてしまった。
だが、無理もない。
今の僕は、エルーちゃんと人生を共有している。
幼少期にエルーちゃんがサクラさんに助けられたことも、それを機にエルーちゃんがサクラさんをどう思っているかも、全部知っている。
その命の恩人のサクラさんに家族や大切な人と同列にしてもらったのだから、これはきっと、嬉し泣きだ。
エルーちゃんの話はともかく、僕には違和感があった。
「ど、どうしたの、サクラさん?なんかいつもより感情的というか……」
「はぁっ、はぁっ……」
「ママ……?」
すんでのところで止めたけど、途中までは手を出そうとしたのだ。
手を出すような教育はしないと度々口にしていたサクラさんが、すんでのところまでいったくらいには、感情的になっていた。
前回僕が死にかけた時よりも、なんだか心の余裕がないというかなんというか……。
「サクラ、もう話しておいて、良いんじゃないか?」
「アレン……」
普段着に着替えたアレンさんがドアのところにいた。
「まあ……いつか言うときが来るわよね……」
「サクラ様……」
諦めたようにしているサクラさんに、メイドのカーラさんと旦那のアレンさんが寄り添う。
いつも強気な物言いのサクラさんからはとても想像が出来ないほどに、彼女の手が震えていた。
「私ね……魔物の姿を想像しただけで、手が震えて何も出来なくなるの……」
トラウマと闘っていたのは、何も僕だけじゃなかった。




