第58話 王妃
お茶会の日。
毎度のごとく慣れないドレスに身を包み、お作りをしてからサクラさんと合流する。
「そういえばこの間ここで話した聖女以外で900点台を取った人ってエレノア様のことだったんですね」
「そういえば、彼女も同じ朱雀寮生だったわね」
「エレノア様、学校の勉強では飽き足らず、独自に研究されるほどクラフトがお好きなんですよ」
馬車では、この間の合成クラフトの話で盛り上がった。
執事の方に案内されて庭園の白いガゼボが見えてくると、二人の女性が待っていた。
あれ、二人……?
「はじめまして、大聖女さま。ソフィアの母のリリアンナと申します」
母ってことは……王妃様じゃないか!?
サクラさんとこそこそと話す。
「すみません、お母様に見つかってしまいまして……」
「あら、失礼ね。聖女さまがいらしているのに挨拶しに行かない方が無礼ですよ」
リリアンナ王妃は挨拶を終えると、何やらこちらを見つめソワソワし始めた。
「あの、ソラ様……抱っこしてもよろしいでしょうか?」
「…………は?」
いきなり何を言い出すんだ……。
「ソフィアはもう年頃になって大きくなってから、抱きつくことも許してくれなくなってしまいましてね……」
「当たり前です!もう子供ではないのですよ……」
いや、僕ももう子供ではないんだけども……。
…………年齢的には。
「母は寂しいわ……」
およよと泣く素振りをするリリアンナ王妃。
「まあ、ちょっとなら……」
「本当ですか!?」
言うより先に抱きついてきた……。
茶会が始まると、なぜか僕だけリリアンナ王妃の膝の上に座っていた。
「あの……いつまでこうしていれば?」
「いつまでも……」
離す気ゼロじゃないか……。
「お母様が、すみません……」
「ソフィア王女も、たまには抱きつかれてあげたらどうです……?」
よくわからないけど、今まで溜まっていた抱きつきたい欲が爆発したのかもしれないし……。
「嫌です……一度抱きついたら離れないんですもの……」
イソギンチャクか何か……?
「学園ではソフィアは迷惑をかけていないかしら?」
王妃も、シエラがソラであることは知っていたみたいだ。
「お母様、どうして私が迷惑をかけること前提なのかしら……?」
「だって、ソフィアって普段子供っぽいところがあるから……」
「ソラ様を抱き締めている今のお母様にだけは言われたくありません!」
そんなに子供っぽいとは思ったことがないけど……。
年上補正はあるような気はするけど、それでも普段はしっかりしているイメージがある。
そういえば前回のお茶会ではふてくされていたりしたし、気の許した相手には子供っぽいところを見せるのかもしれない。
「会長はいつも私のことを考えてくれますし、私が言うのもおかしな話ですが、しっかりしていらっしゃると思いますよ」
「ソラ様……」
たまに変なこと呟いてるけど、少なくとも僕よりはしっかりしていると思う。
「ああ、ソラ様は天使だわ……!」
「わっ、ちょっ!?」
ぎゅっと抱き締められる。
そろそろ色々とまずい……。
僕は十八番芸になる前に、リリアンナ王妃の絡み付く手から全力で離れた。
「きゃあっ!も、もう……そんなにお嫌でしたか……?」
「嫌、というわけではないのですが……」
サクラさんの隣の空いている席に着く。
「堪能した?」
「……気付いていたなら加勢してくださいよ……」
「嫌よ、面白そうだったんだもの」
どうせそう言うだろうとは思ったけどさ……。
「第一、ファルス王に悪いですから……」
「…………エルーちゃんがクソ真面目で奥手なのは、ご主人様に似たのかしらね……」
失礼な。
他人のお嫁さんを取るほど落ちぶれるくらいなら、クソ真面目で奥手で結構だよ……。
「あらあら、そうでしたね……。ソラ様とエリス様は百合……。ごめんなさい、私は邪魔をする気はありませんでしたの……」
なんか違う方向に勘違いが生まれてしまった。
まあでもソフィア王女に男だってばれて社会的に死ぬよりはマシだ……。
「そういえば、エリス様も無事上手くいかれたようで」
「あれは、うまくいったんですかね……?」
「本人は喜んでいるみたいだからいいんじゃない?それより、ソラちゃんは最近どう?」
「どうって……」
「エリスの他に、好きな人でもできた?」
急にぶっこんでくるなぁ……。
「……てっきりサクラさんは、エリス様のことを応援しているもんだと思っていましたが……」
「確かに友人の恋路は応援しているけど、ソラちゃんにだって恋愛の自由はあるんだもの」
こういうところは考えてくれているから、サクラさんは憎めないんだよなぁ。
「……正直、分かんないんです……。向こうの世界と比べると、私には男女問わず魅力的な人たちしかいないですから」
「私からのアドバイスは、いなくなる前に伝えた方がいいってことよ。私が葵さんに感謝を伝えられなかったようにね」
一度失敗している僕にとってもその言葉は響く。
サクラさんと僕は似た者同士なのかもしれない。
「で、でも感謝の言葉と違って、恋愛はお互いの気持ちが大事ですから……」
「クソ真面目さんめ……」
ツンツンと頬をつつかれる。
"ただのヘタレ"の間違いだと思うよ……。
帰る前にみなさんで近くの聖墓に寄ることになった。
聖墓に着くと、葵さんの墓前で手を合わせていた先客に気付いた。
「あら、珍しい」
「サクラ様、リリアンナ様にソフィア様!3人はお茶会の帰りですか?」
サクラさんは毎度お茶会の帰りにお墓参りに来ていたようだ。
「……ぷっ……!……いくらっソラちゃんが小さいからって……くくっ……数に……含めないのは……どうかと……思うわよ……涼花ちゃん……」
半ば笑いをこらえつつそう言うサクラさん。
……僕が小さいのは事実だけど、3人の背が高いせいでもあると思うんだ……。
「は……?」
僕が見えない涼花様に3人は僕の方を向いて道をあけ、涼花様から見えるようにしてくれる。
その刹那、不可解なことが起きた。
「だいっ……!?」
一瞬で顔が真っ赤に染まり、普段の涼花様ではあり得ないくらいの面を食らったようなだらしない顔が出来上がる。
しかし、次の一瞬で普段の涼花様に戻り紳士的な挨拶をする。
「……聖女さま……。大変、失礼いたしました。私は橘葵の娘、橘涼花と申します。どうぞよろしくお願いします」
あ、そういえばはじめましてになるのか……。
「は、初めまして……。カナデ・ソラです……」
さっきの衝撃的な顔が気になってしまい、気もそぞろで挨拶をしたが、その後の会話は何も頭に入ってこなかった。