第581話 死者
あの何がなんでも他人のせいにして生き延びそうな姉が、死んだ……?
しかも、じ、自殺……?
「え、ど、どどど、どうして……!?!?!?」
「恐れながらあのソラ様の姉君が、よもや自尽なさるとは……とても思えないのですが……」
「『あんなのは「姉君」なんて呼ばなくて良いのよ。敬語もいらないわ』」
「で、ですが……エリス様がよろしくても、ソラ様は……」
「構いませんよ。そもそも僕だって、向こうの世界ではただの平民ですし……そんなに畏まられるのも本当はやめて欲しいですから」
「「「それはなりません」」」
三人して否定しなくても……。
「『あの女が何を考えてそうしたかまでは分からない。でも私は、あの女なりに最期の悪あがきをしたのだと思っているわ』」
「最期の……?」
エリス様は向こうの世界に行って、僕の父を少しだけ助けてくれたらしい。
「お父さんのこと、ありがとうございます、エリス様」
「『あんな男、ソラ君というサラブレッドを産むための種馬に過ぎないのだから、ごにょごにょ……』」
ぶつぶつ言っているけど、なんだかんだで助けてくれるのだから優しい神様だ。
お父さんは行方不明になった僕の親権を取るために戦ってくれていたらしい。
父親が親権を取るのは基本的に不利なので、慰謝料を犠牲にするなどしなければならなくなる。
正直その事実だけで、嬉しかった。
僕は悲観していただけで、案外幸せ者だったのかもしれない。
僕はもう向こうに戻れないので、エリス様には随分前に「僕はもう死んだから、僕のために戦わなくていい」とお父さんへの伝言をお願いしていた。
そこでエリス様は僕が傷だらけの遺体を遺伝子レベルで作り上げ、母と姉が占領していた僕たちの家の倉庫に置いたのだという。
神様の悪戯にしては、正直やりすぎのような気もする……。
隣人の通報で弟が見つかり、お父さんは圧倒的に有利になった。
実は姉はその若さと美貌を使って裁判で見方を増やそうと画策していたらしく、それが公になりかけたとき、姉はその道を選んだのだという。
「『自分が死んででも、ソラ君の思い通りにはさせたくなかったのよ。あの女が考えそうなことね』」
姉を自殺に追い込んだのもどうやら母のせいになったらしく、裁判では呆けた母が乾いた笑いをしながら僕と姉の名前を呼んでいたそうだ。
母も初めから僕をいじめていたわけではない。
姉が、平等に優しかったお母さんを、徐々に徐々に変えてしまったのだ。
そうでなければ、お父さんとお母さんは円満だったのかもしれない。
僕もお父さんもお母さんも、姉には弱かった。
「『リッチは死者を演じて私達を騙す。だからソラ君にはリッチを会わせたくなかったのよ』」
「そうだったんですね……」
僕はなにも知らなかったみたいだ。
姉と聞いただけで発作が起きるような僕では、心配して当然だろう。
「でも、今は姉の話を聞いてもあまり感情が揺らがないんですが……。それにええと……その、どうして涼花さんが僕の姉のことを知っているんですか……?」
涼花さんは『あのソラ様の姉君』と言っていたけれど、僕の家族の話はあまり学園ではしていなかったはず。
「『ソラ君の精神は、このままだと耐えられなかった。だから記憶を三等分したのよ』」
「三等分……?」




