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男の大聖女さま!?  作者: たなか
第31章 頽堕委靡
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第579話 幸福

 帯びた熱は、やがて僕を溶かしていく。

 それはまるで魔力欠乏症にかかっていた氷の精霊族のネルちゃんのように、だんだんと身体が溶けてなくなっていくようだった。


『天、今月は15日にデートがあってね。私はそれまでにこのネックレスが欲しいの』

『あ、そうだわ!1日経つ毎に、利息として足先からアイロンをかけていくのよ』

『焼き印が顔に登って来るより前に、貴方は稼ぎ切れるかしら?うふふ……』


 相変わらず姉の声が頭の中を駆け巡ってくる。

 これが幻聴なのか、本物なのかはわからない。

 でも聴こえてくる内容を想像するたびに、僕は昔の痛みを、悲しい過去を、まるでショック療法のように急激に思い起こしていく。


 僕はどうしてあんな空間に耐えていたのか、今ではわからない。

 でもあの頃の僕は、『幸せ』を知らなかった。

 マイナスから徐々に下がっていくだけだったから、きっと「世の中ってそういうもの」だと思い込めたのかもしれない。


 下手をすればあの時の僕の方が『幸せ』を知らずにいるから、逆に『幸せ』だったんじゃないだろうか?




 思い起こされる記憶と、熱暴走する身体。


 夢の中だというのに、僕の身体は限界を感じていた。


 でもこのまま消えてなくなれば、もう姉と会わずに済むのではないだろうか?


 ……それも、いいかもしれないな。


 僕は十分生きたし、最後にエリス様に『幸せ』を教えてもらったんだもん。


『『ソラ様っ!!!!』』

『えっ?』


 突如声が聴こえてきて、暗闇だった世界に光が差し込んだ。

 声がした方を振り向くと、二人の手が僕の手を掴んできた。


『っ――――!?』


 途端、僕は苦しみがふっと軽くなったと思ったら、今度は色々な感情が、思い出が、押し寄せてきた。

 それは僕にとって、()()()()()()()だった。


 でも、その思い出の正体は、すぐに分かった。


『本当に天使みたいに可愛らしい子ね!』

『僕は以前、神話の時代の歴史の書物を調べたことがあるんだけど、この子は古の水の天使・エルリア様によく似ている』

『それなら、エルーシアって名前はどうかしら?』

『ふふ、この子にピッタリだ』


 これは、エルーちゃんの思い出だ。


『隣の家もやられたらしい。村長が言うには、おそらく疫病だろうって……』

『そ、そんな!?エリス様、聖女様、どうかエルーシアをお助けください……!』


 色んな思い出が僕に降りかかってくる。


『もう、行くのね』

『お母さん、サクラ様からいただいたご恩を、返してきます』

『元気でね』

『折角行くからには、ソラ様を落として帰ってきなさい!』

『もう、お父さんっ!!』


 この少しお調子者だが優しそうなお父さんと、マリーゴールドのような柔らかな笑みを見せるお母さんが、エルーちゃんの家族なんだ。


『ほらあんた、産まれたわよ!』

『ああ涼花、会いたかったよ!』


 強気で少し番長っぽさがあるようなこの女性が、橘葵さん……。

 でも家族に向ける笑みは、僕のお祖母ちゃんに近いものがあった。


 それに若いブルームさんに抱かれたということは、一人称視点から察するに、次に見えてきたこの光景は涼花さんの思い出だろうか?


『ははうえ、つよい!』

『腕っぷしなら、誰にも負けないさ!お前も誰か救いたい人がいた時は、あたしに声かけな』


『涼花……母さんは……葵は……亡くなったらしい』

『……父上、分かってるよ。私は……大丈夫だから……』

『そうか。涼花は強い子だね……』

『もう遅いから寝るよ。おやすみ、父上』

『おやすみ、涼花……』


『母上、母上を救いたいときは、私は誰に声をかければよかったんだ……?』


『父上は、新しいパートナーを見つけてもいいと思う。私に気を遣っているのなら、それはもう不要だよ』

『なるほど、涼花が私に気を遣ってくれたのは嬉しい。でもね涼花、私は生涯でただ一人、葵を愛しているから』


『試験、どうだったんだい?』

『受かったよ』

『そうか、おめでとう』


『正直言うとね、私は涼花に行って欲しくない気持ちが強いんだ』

『もしかして父上、千歳隊長のことを重ねて……』

『……あの時みたいに、また涼花を同じ目に会わせてしまうかもしれない。私はそれが怖くて、怖くて、仕方がないんだ』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『そうか……。覚悟を決めたんだね。ならもう私もなにも言わないよ。行っておいで』


 決して幸せだけの思い出ではないだろうけど、他人の人生(思い出)が頭の中を支配し、僕の思い出を中和していく気がした。


 でもこんな光景、僕が覗いていて良いのかな……?


『ソラ様!』

『ソラ様!』


 二人の人生を振り返った最後に、二人に呼び掛けられたとき、思い出は終わり徐々に視界が開けてきた。


「――っはぁーっ!はぁっ、はっ……」


 やっと息ができるようになり、僕は起き上がると、そこは聖女院の医務室で、僕は酸素マスクを付けていた。

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