第576話 実姉
「はぁっ、はぁっ……」
えっと、僕……普段どうやって息吸って、吐いてたっけ?
自分が息を吸って吐く音しか聞こえない。
そんな些細なことは普段気にならないのに、今はとても気になってしまう。
まるでそれが負の連鎖を産み出しているような、そんな感覚さえある。
「まともに息もできないの?ほら、早くなさい」
平手打ちで背中をバシンと叩かれ、久しぶりの感覚に口から何かが出そうになるのを堪える。
そういえば、いつもこうだったな。
「本当に天は、私がいないと駄目なのね」
「うん、そうだね。ありがとう」
そうだった。
ドジで間抜けな僕には、お姉ちゃんが必要なんだ。
散々言われていたのに、どうしてそれを忘れていたんだろう?
「―――――――」
<―――――>
「――――」
なんか耳鳴りがする気がするけど、これはいつも起きていたやつだ。
お姉ちゃんがいる時は、いつもそうだ。
……あれ?
なんか忘れてたこと、あったっけ?
「ほら、早くそれを置いて、こっちに来なさい」
「う、うん……」
あれ?
僕、杖なんて持ってたっけ?
こんな立派な杖……またお姉ちゃんが持ってきたコスプレ道具かな?
お姉ちゃんは沢山お金を使っておしゃれをして、男を引っかけて帰ってくる。
その時に大人の男性に色々と買ってもらい、飽きたものはお下がりとして僕がもらい、サイズを整えたものを配信で僕が着る。
だからまた魔女っ娘のコスプレでもするのかなと思っていた。
「―――っ!」
「―――、―――っ―――っ―!」
まあ、いっか。
お姉ちゃんのいるところで考え事なんてしても、いいことは何もない。
「ひゃっ!?あ、あれ……?杖が、離れないよ」
僕の手の脇から違う誰かの手がにゅっと出てきて、僕に杖を握らせてくる。
「やぁっ……!離してっ!」
「――――――、―――――!」
「―、――っ!」
何言ってるのか、分からないよ。
「ちょっとまって、お姉ちゃ……」
「弟の癖に、姉の私に口ごたえするの?」
僕の鈍間さに、ひどく怒っていた。
「ち、違うよ。ぼ、僕は……」
離したいのに、現れた手が離れてくれなくて。
だけどお姉ちゃんも、待ってはくれなくて。
八方塞がりで涙が出そうになるのを我慢できなくなってきたとき、僕は顔も見えないその白い手に抱き締められていた。
「天ッ!!!!早くなさいッ!!!!」
「えっ?」
怒号が飛ぶなかで僕は、光のような靄でよく見えなかった手の主の顔が、ようやくぼんやりと見えてきた。
「ソラ様っ!」
そのお団子ヘアーがやがて鮮明になってきた時、額と額をくっつけて僕の頬を両手でおもいっきり挟むように平手打ちしたのだ。
「い、いたぁっ!!」
「ソラ様っ!勝つのではなかったのですかっ!!」
「エ……エルーちゃん!」




