閑話153 心の傷
【柚季桜視点】
「んんっ……」
「おはよう、サクラ」
私に覆い被さり口づけを落とすアレンに、お返しをする。
「なあに?昨夜もしたのに、朝からする気?」
私たちを包むのは布切れ一枚。
「ふっ、でも昨日はサクラも乗り気だったじゃないか」
「そりゃあ、娘に家族ほしいって言われたものね……」
前世で一人っ子だった真桜は、実母との思い出もなく、そして新しく家族になった義母とは折り合いがつかなかった。
義母も真桜が邪魔に感じていたらしく、塾帰りに事故に見せかけて殺された。
気丈に振る舞っている彼女も、実は心の奥底でまだ翳りがあったことは母親だからなんとなく分かるのよね。
とにかくあの子は、愛情に飢えていた。
以前冗談で「家族がほしいか」と聞いたときに真っ先に反応したのを見て、私たちは乗り気になっていた。
真桜も一年経って離乳食を食べるようになって手がかからなくなってきたし、私たちは妊活を再開することにした。
「まさか妹と弟両方欲しいと言われるとは思わなかったけれどね……」
「真桜はああ見えて寂しがりやなのよ。パパ、頑張って。ただでさえあなたのは薄いんだから……」
「それだけ君のことを愛せるのだから、役得だよ」
「あら、言うようになったわね」
「本心さ。ソラ様のくださった『聖なる雫』のお陰で、更に美しくなったからね」
「ふふ、あなたもソラちゃんに鍛えられてスタミナがついたんじゃない?」
「……試してみるかい?」
再び唇が重なりそうになったとき、ドアが開かれた。
「朝からおっぱじめようとしないでください、この雄猿が……」
「カーラ、嫉妬はみっともないわよ」
「私はサクラ様のために進言しているのです。この雄猿のが薄いからこそ、きちんと3日空けるようにと申しているのですよ」
「あまり薄い薄い言わないでくれるかな?これでも結構心を抉られているんだ」
カーラも、マルクスとくっついて大分丸くなったわね。
もしかすると第二子よりカーラの方が早いかもしれないわね。
「それに真桜様にも悪影響です」
「既に汚れてるわよ」
今はすやすやと寝ている真桜を横目に下世話な話をする。
初めは別の部屋に真桜を寝かせてからしていたのだけれど、真桜が魔法で覗き見してきたから諦めることにした。
曰く「美男美女がくんずほぐれつしているのは文字通りお宝映像になる」とかなんとか。
今は性欲の感情のかけらもない赤ん坊だけど、映像魔法に記録しておいて、将来性欲の捌け口にでも使うつもりなのかしらね?
早くも道を踏み外したりしないか不安だわ……。
「それに今日は、大事な日でございましょう?」
「そうね。さ、支度するわよ」
動きやすい格好に着替えてアレンとアイリーンを連れて外出する。
向かう先は、とある迷宮。
そう、もうすぐ真桜とソラちゃんの誕生日。
ソラちゃんのは別に用意してあるけど、問題は真桜に渡すプレゼント。
折角の一歳の誕生日だし、私たちはそれを迷宮で取ってこようと考えていた。
「まったく、アイリーンまで来る必要なかったのに。これじゃあ、いちゃいちゃできないじゃない」
「もう、少しは危機感持ってくださいよ……」
「サクラ、あまり我が儘は言わないでくれ。これでも真桜にバレないため、それに軽い外出だからと人数を絞ったが、これでも譲歩した方だ」
「魔王からサクラ様を守れなかったことを、我々親衛隊は心底後悔しているんです」
「分かっているわ。でも、こんな危ないことは何もない迷宮で、こんな戦力は過保護よ」
そう言っていると、通路の奥から、鎌を持った魔物、レイスがそろり、そろりと浮きながらやってくる。
「来ました」
「私がやるわ」
その光景が、なんだかあの時の魔王に似ていたからか、原因が何だったのかはよく分からない。
間も無く、私の手から杖がカランカランと落ちた。
「っ……!?」
「サクラ様!?」
フラッシュバックのように思い出したのは、二年前の魔王戦だった。
あの鎌に、私の両腕は持っていかれたのよね。
そしてソラちゃんからもらっていた神薬を開けることができず、真桜を守れなくて、死も覚悟した。
あれ、私……。
腕に力って、どうやって入れていたかしら?
「いやっ……!」
「サクラ……?」
「だ、駄目……!痛いのはもう嫌っ!?」
杖を、拾わなきゃ……。
けれど拾った杖は握る力もなく、また落としてしまう。
「アイリーン、サクラを!」
「は、はいっ!」
「『オーバーエンチャント』!森羅滅却!」
明らかに死体蹴りのような火力でアレンがレイスを粉々にする。
でもそれくらいの方が今の私には有り難かった。
「サクラ様、落ち着いて、大丈夫ですからっ!」
「はぁっ、はぁっ……」
「すぐにサクラを迷宮の外へ!残りは私がやる」
「は、はいっ!」
これは、まずいわね……。




