第56話 非常
バタバタとした連休初日だったけど、過ぎてしまえばこっちのもんだ。
「おはよう、エルーちゃん」
「おはようございます、シエラ様」
あいさつを交わしつつも、いつものように身仕度をしてくれる。
「いつもありがと」
「ふふっ、はいっ!」
僕が感謝の言葉を伝えると、エルーちゃんはひまわりのような元気な笑みを返してくれた。
エリス様と話して、なにかいいことでもあったのかな?
朝食をすませると寮のメンバーは僕の部屋に集まった。
「エレノア様もこれから聖女院とここを頻繁に行き来することになるみたいですから、ワープ陣が私の部屋にあるのは不便ですよね?」
「い、いや……ボク達はそもそも使わせて貰ってる身だからね……?」
いや、どちらかと言うと今後頻繁に僕の部屋を経由されると色々と問題なのだ……。
しかし、それを言うわけにもいかず、他の要因から攻めることにした。
「そうですけど、普通に歩いたら1時間くらいつぶれちゃいますから……。使えるものは使いませんと。フローリアさん、どこかワープ陣を置いてもいい場所ってありませんか……?」
「うーん……そうねぇ……。あ、そういえば2階の奥に狭い物置部屋があるから、そこを片付ければ使っていいですよ」
「では、そこにしましょう」
僕の部屋からワープ陣を取り物置部屋へ行くと、大分放置されていたようで、ところせましと置かれた荷物の上に埃が乗っていた。
光魔法で浄化した後、アイテムボックスに全て入れて綺麗にした。
「い、一瞬で片付いちゃうなんて……」
「流石大聖女さま。規格外」
ソーニャさん……それ褒めてるんだよね……?
「荷物は後でアイテム袋にでも置いて纏めておきますね」
「持ち物まで規格外なんだもんなぁ……」
ついでに言うなら、所持数も廃人仕様なんだけどね……。
「フローリアさんも来ますか?」
「い、いえ。私はお留守番していますから、大丈夫ですよ」
フローリアさんはそう言うと下の階に去っていった。
ワープ陣を置いて、みんなで聖女院の僕の部屋に移動する。
「何度やってもワープというのは慣れないな……」
「うわぁ!ここがソラ様のお部屋……!」
そういえばワープ先も僕の部屋じゃん……。
「これも移動しないと、ですね……」
「私に気を遣ってくれるのは嬉しいけどさ、ソラ様が何かを我慢することになるなら使わないよ?」
エレノア様がそう言ってくれるが、そういうことじゃないんだ……。
「自室を経由されるのは流石に恥ずかしいじゃないですか……」
「そうかい?別にボク達は女同士だし平気だと思うが……」
女同士じゃないから大問題なんだよ……。
執事さんに聞くと使っていない部屋は結構あるみたいで、クラフト研究所と僕の部屋の中間くらいの所にある空き部屋に置かせて貰えることになった。
「ここが……聖女院の庭園……!」
「広すぎる……」
僕もそう思う。
「エレノア様は研究所に行かなくて良かったんですか?」
アルバイトは気が向いたら行けばいいことになったらしい。
だが本人は入り浸る気満々のようだったので、こっちに来たのは意外だった。
「ソラ様に教わることの方が貴重だと思ったんでね。今日はこっちにすることにしたよ」
そんな大層なこと教えるわけではないんだけどな……。
「さて、皆さんは普段どんな戦闘スタイルでしょうか?」
ウィッグを外して寮のメンバーに聞いた。
「ボクは魔法、ミアは拳だね。一年生の諸君は?」
「私、ダガー」
「私は拳で、シェリルが魔法です」
エレノア様とシェリルさんが魔法、ミア様とセラフィーさんが拳術、ソーニャさんがダガーナイフ使いのようだ。
「でしたら今日は近接スタイルの3人を見ることにします」
「あれ……?てっきり魔法を教えてくれるものだと思っていたんだが……」
「魔法に関しては、エルーちゃんが適任だと思います。入試対策のために私の教えられる知識はほとんど教えましたから。お願いしても大丈夫?」
「は、はいっ!」
「それに、エルーちゃんは魔法の使い方が私よりも才能があるから。教えるのに向いてると思うよ」
「ソラ様……!」
「なるほど、大聖女さまのお弟子さんなら適任だね。エルー先生、よろしく」
エルーちゃんは才能もあって努力家なんだけど、普段僕を立てるせいかあまり目立たないようにしているから、これを機に評価が上がると嬉しいな。
「まずは最初に私が教えたように攻防を確認するのがいいと思う。あとは、アレかな……」
「なるほど。いつものアレ、ですね?」
「なんだい、アレって……?」
「まずは『聖霊のネックレス』。これで魔力の自然回復が増えます」
全員に配る。
魔法使いでなくとも、身体強化とかで魔力は使うからね。
「あとは……」
アイテムボックスから『漆黒のワンド』を10本ほど出す。
「ちょっ……!?」
「これくらいあればいっか。エルーちゃんの判断で好きに使って」
「ありがとうございます、ソラ様」
「いやいやいや……こんな貴重な杖、流石に訓練では使えないよ!!」
言い訳と説明することを諦めた僕は、現状を説明するために『漆黒のワンド』をもう200本ほど出した。
「……是非、使ってやってください」
「あ、はい……」
にっこりと微笑んで200本の方はアイテムボックスにしまう。
「大聖女さまってトンデモないんだね……」
「流石、神様に愛された御方は違うということねっ!」
廃人の要素を褒められるのは自分が恥ずかしくなるから止めてほしい……。
『エリス様が僕のことを好き』という情報統制は、エリス様の告白後に解除された。
思えば、お祖母ちゃんもサクラさんもみんな「聖女さま」なのに、僕だけずっと「大聖女さま」だったのだから、自分の鈍感さに呆れてしまった。
エレノア様とシェリルさんはエルー先生に任せ、僕は身体強化に特化した『月のグローブ』をつける。
「じゃ、私達も始めますか」