閑話151 隙間風
【リリエラ・マクラレン視点】
「いつつ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「頭をちょっと打っただけです、大丈夫ですよ。頭は冴えてしまいましたが……」
以前は自分がいじめられている側だったというのに、その他人をここまで庇うなど、自己犠牲が過ぎる。
いや、そんなシエラさんだからこそ、相手に尽くさないと友人にすらしてもらえないとでも思っているのかもしれない。
だとすれば、歪みすぎている。
「愛らしい淑女なのに、まるで護衛のような振る舞いをするのですから。今までは平民だったかもしれませんが、今のあなたは貴族なのです。まず自らの安全を確保することを心がけなさい」
「そう言うリリエラさんだって、私のこと引っ張ってきたじゃないですか」
「私は良いのです、今は身分が下なのですから……」
「あの、退いてくださらないと動けないのですが……」
シエラさんがそう言いながら赤面した顔を横にそらすのを見ると、私はきゅんとしてしまった。
こんなにシエラさんのことをまじまじと近くで見たのは、二年前の演劇以来だろうか。
「そんなかわいらしい反応をされたら、またキスしてしまいたくなってしまいますね」
「ちょっ!?何言ってるんですかっ!?」
「このままキスしてもよろしいかしら?」
「ダメダメ!駄目に決まっているじゃないですかぁっ!!どうしてこうリリエラさんはっ!貞操観念がゆるゆるなんですかっ!!」
「だって私たち、家族になるのでしょう?今から唾つけてもよろしいかと思って」
「唾の付け方が間違ってますっ!!」
「それに女同士なのだから、キスくらい挨拶でする子もいますわ」
「そ、れは……」
シエラさんの唇に触れると、ぷるんとした唇が私を虜にしてくる。
「ちょおぉっ、待って……!本当にだめっ!だめぇっ……!」
「可愛い、私の義妹……」
「ひ、ひゃぁんっ!」
耳元で囁くと、扇情的な声が聞こえてきて、その唇に影を落とす。
その時、私はシエラさんに違和感を感じ、一旦距離を離した。
「あら?シエラさん……」
「?」
金髪の髪の内側から、黒髪が露出していたのだ。
「ウィッグ、ずれてますわよ」
「ほあぁっ!?!?!?」
シエラさんはウィッグを整えると、物理障壁を張って私を押し退けた。
「きゃっ!」
半分当てずっぽうだったのだが、シエラさんの反応で図星と分かってしまった。
「シエラさん、あなた何者なの……?」
変装して学園に通うなど、およそ普通とは思えない。
何か私はシエラさんのことを信用していいのか分からなくなった。
彼女が変な事件に巻き込まれていたり、若しくは誰かの代わりに成りすましていたり、考えられることはいくらでもある。
だが、こんな状況でもシエラさんはもうちょっと待ってほしいと言うのだ。
「シエラさん、見損……」
「もう、逃げませんからっ!」
声を荒げるシエラさんは初めて見るかもしれない。
「正式な場で、謝罪したいと思っています。生徒の皆さんには、きちんと説明責任を果たしますから……」
「……信じて、よろしいのですね?」
「……はい。少なくとも、先生方はご存じですから」
特待生試験で親友に一歩近付けたと思っていたのに、また私は仲間外れなのか。
その上彼女が真実を告げたら、私たちは親友では居られなくなるという。
私は感情を露にして、『更正もさせずに見捨てるような人』は、『親友』とは言わないのだと言ってやった。
それでも、彼女の心はこちらに傾くことはなく、とても冷たい目をしていた。
あれはそう、シエラさんに会ったときのような冷たい目だ。
「ありがとうございます。ですがその判決は、真実を話したあとにもう一度聞くことにしますね」
――シエラさんが去った後、戻ってきた静寂にひとりぼそりと呟く。
「あまり長くは待てませんよ、シエラさん」
私と親友との間に、初めて軋轢が生まれた瞬間だった。




