第554話 一夜
リリエラさんの戦闘実技訓練を白虎に任せ、僕は自分の時間ができた。
流石に勉強はいつものようにしているけれど、試験対策なしというわけにはいかず、僕は寮の皆と一緒に勉強をすることにした。
「こちらはこのように変形するといかがでしょうか?」
「あっ、できました!」
にっこりと微笑むハナちゃんは、来年度はBクラスに上がれそうだという。
多分今まではネルちゃんのお世話にかかりきりで、お勉強している暇がなかったのだろう。
魔力欠乏症だったネルちゃんの症状が治って、かかりきりだったハナちゃんは解放され、勉強に集中する時間が取れるようになった。
むしろ僕たちのお世話だけでも大変なのに勉学も両立しているなんて凄いことで、エルーちゃんやハナちゃんは本当に凄いメイドさんなのだ。
努力している子が報われる姿というのは、前世で努力が何にもならなかった僕にとっては、とても輝いて見えることだった。
「メリッサさんは、お勉強も教えられるのですね」
「家庭教師の方は別にいらっしゃいますが、私も元学園の端くれ。お嬢様のためになることでしたら、何だっていたします」
端くれと言いながらもSクラスだったのだから、凄い人だ。
かつてはカーラさんとサクラさんの専属メイド選考を競いあったほどの人で、「カーラさんじゃなければ選ばれるのはメリッサさんだ」と言われていたくらいの人らしい。
本来ならば王家にすらスカウトされてもおかしくないのに、こうしてマクラレン侯爵家に仕えているのは何か理由があるのかもしれない。
「んぅ……」
ある晩のこと。
「水……」
喉が渇いて起き、一階の共同スペースまでとぼとぼ歩いてアイテムボックスから愛用のくまさんコップを取り出して水道をひねる。
冷たい水が体を潤しているとき、後ろから物音がした。
「シエラさん……?」
「んっ……?」
水を飲み終えて振り替えるとそこには、ピンクのサクラ柄のパジャマ姿のリリエラさんがいた。
「リリエラさん……?」
僕は今、何をしていた……?
寝起きで働かない頭が徐々に冴えていくと、説明するのが苦しくなり慌ててコップを洗面台に置き去ろうとする。
「お待ちになって、シエラさん!」
「えっ」
「きゃあっ!」
「ちょっ、わわわっ!」
リリエラさんの方から手が出てくるとは思っておらず、そのまま歩こうとした僕はぶつかるのを避けられずにつんのめってしまう。
「っ……!」
テーブルに頭をぶつけるのは危ないと思い咄嗟にリリエラさんを僕の方に引き寄せようとしたが、リリエラさんも同じことを考えていたらしく、僕が後ろのキッチンのステンレスに頭をぶつけないようにこちらに引っ張ってきたのだ。
お互いに想定していなかった力が加わり、双方バランスを崩すと、余った力は前でも後ろでもなく横に働き、僕たちはそのまま床へバタンと倒れた。
木製の床から少しだけ木の匂いが漂ってくる中、僕はリリエラさんに組み敷かれていた。




