第552話 白虎
『暗黒の森』の主である大きい虎が遠吠えをすると、ピシャリと雷が彼女に落ちてきて、全身を光で満たした。
その姿は目映すぎてもはや見るのも大変だが、雷の光で描かれた白色を身にまとっているかのようだった。
「リリエラさん、大丈夫です。神獣・白虎様!私たちは杖を作るため、『稲妻の木』を倒しに来ただけにございます!」
「し、神獣……白虎様……!?」
僕の言葉に口をパクパクとしているリリエラさん。
会うつもりは毛頭なかったので、最悪のパターンを引いてしまったらしい。
『ふむ、嘘はついていないようですね』
「ほっ……」
よかった、警戒を解いてくれたようだ。
お祖母ちゃんっ子だった僕にとって、年を召した女性に嘘をつくようなことはできなかった。
『おや?この木で杖を作るということは、お前もしや……雷を操るのですか?』
「は、はいっ!」
『こんな婆相手に緊張など不要です。多少の無礼は許します』
「い、いえ……その……お姿が美しく、何故か涙が止まらないのです。すみませっ……!」
リリエラさんは感受性が豊かな人だ。
『そんなことを言うのは旦那だけかと思っておりましたが……ありがとう。お前達、名は?』
「リリエラと申します」
「シエラ……と申します」
僕が嘘をつくと、キッとこちらを睨み付けてくる。
うう、ちょっとお祖母ちゃんみたいな人だ……。
お祖母ちゃんは嘘にはうるさい人だった。
前世では嘘なんてつかずバカ正直に生きてきたので、怒りの矛先が僕に向くことはなかったんだけど、今の僕はどうだろうか?
『お茶でも出しましょう。付いてきなさい』
「り、理性的な人でよかった……」
「人……?何を言っていらっしゃいますの?」
僕の言葉に引っ掛かりを覚えたリリエラさんが聞き返した時、白虎は自らの姿を変化させ、みるみるうちに小さくなっていく。
「まさか、人のお姿に……!?」
神獣が人の姿になれることは僕もこちらの世界に来るまで知らなかったけれど、それは世間も同じだったようだ。
白虎は虎の顔を残したまま、着物を着た姿になっていた。
年を召している見た目だが、神獣は何千歳、何万歳もの年月を経ているのでおばあちゃんだというのはあながち間違いでもない。
むしろその歳でちょうど僕がお祖母ちゃんと別れた頃の初老の姿を装っているのはわりかし若作りといえなくもない。
朱雀や教皇竜に聞いたところによると神獣が人の姿をするのはただ擬態しているだけで、彼らがなりたい姿を模しているだけらしい。
神としての威厳を保つため……つまり見栄を張りたがるので、若く美しく、筋骨隆々で逞しくが基本である。
だから白虎がこの姿をとっていることは極めて異質であるともいえる。
「帰りましたよ」
「お帰りなさいませ、主様。そちらは?」
「客人です。もてなしなさい」
「寧と申します。客間へどうぞ」
「お、お邪魔します……」
白い屋根のお寺の中に入ると、着物を着たメイドさんが現れる。
綺麗好きなのかと思ったら、従者がいたようだ。
虎人族の従者の女性はてきぱきと客間へ案内してくれる。
「さて、雷を操るのはお前ですね?」
「はい、リリエラと申します」
「リリエラ、私はお前を気に入りました。私の弟子になるか、私の餌になるか、選ばせてあげましょう」
何それ、二択になってないじゃん……。




